ガウスの整数環 | 1と虚数単位iの二元で生成されるランク2のZ上の加群は可換結合代数

Z[i] = {a+bi | a, b∈Z} は" ガウスの整数環 “といわれます。この 1 と虚数単位 i の二元で生成される加群は、複素数体の部分環となっています。

複素数体における乗法は可換であり、結合律を満たすことから、ランク2の自由加群で可換結合代数になっているということになります。

このような代数学で使われる用語を、具体的に扱う例になるので、ガウスの整数環を知っておくと良いかと思います。

-1 のルートである (-1)1/2 を用いて、
Z[ (-1)1/2] と表されることもあるのですが、この記事では、高校の数学から使い慣れている虚数単位 i を用いて、Z[i] と簡単に表しています。

この記事で使う記号ですが、整数環を Z と表し、有理数体を Q、複素数体を C と表しています。

ガウスの整数環 :Z上の加群であることを確認

ガウスの整数環 Z[i] は環という乗法も定義されているのですが、まずは Z 上の加群となっていることから確認をします。

{a+bi | a, b∈Z} が複素数体における通常の加法に関して閉じていることを確かめます。

a, b, c, d∈Z について、
a+bi, c+di∈Z[i] です。

これらの和も、Z[i] の元となっていることを見てみます。

(a+bi)+(c+di)
= (a+c)+(b+d)i∈{a+bi | a, b∈Z}

確かに Z[i] が通常の加法で閉じていることが分かりました。

また、z∈Z, a+bi∈Z[i] (a, b∈Z) について、
z(a+bi) = (za)+(zb)i です。

za と zb は、整数どおしの積なので、Z の元です。

そのため、
z(a+bi) = (za)+(zb)i∈{a+bi | a, b∈Z}

これで、z∈Z からの作用について閉じていることも分かりました。

複素数体 C への z∈Z からの作用を、z との乗法で定義することで、C は Z 上の加群となっています。これは、実数に整数を掛けても実数だからです。

今、確かめたことから、Z[i] は Z加群としての C の部分加群となっています。

加群の定義という記事で、加群の基礎的な定義を解説しています。

次にランク(階数)が2の自由加群となっていることを確かめます。

ランクが2であることの確認

1 と i の二元によって、Z[i]が Z上の加群として生成されていることが分かりました。

a+bi (a, b∈Z) という Z 上の一次結合で Z[i] が生成されています。

{1, i} が基底であることを示すために、一次独立となっていることを確認します。

a+bi = 0 (a, b∈Z) だとすると、複素数の相当関係(等しいという関係)の定義から、実部と虚部が両方とも 0 ということになります。

そのため、a = 0 かつ b = 0 です。

これは、1 と i が一次独立であるということです。

これで、{1, i} は一次独立で、Z[i] を生成していることから、基底ということを示せました。

基底を構成する元の個数が 2 個なので、ランクが 2 ということになります。

基底を持つ環上の加群のことを自由加群といいます。そして、基底を構成する元の個数が n 個という有限個数のときに、ランク n の自由加群といいます。

ここで、注意点ですが、体上の加群のことをベクトル空間(線形代数)といいます。

ベクトル空間には、Zornの補題から基底が必ず存在することが証明されています。

しかし、環上の加群については、乗法逆元の存在が仮定されていないことから、Zornの補題を用いたベクトル空間の基底の存在証明が適用できるかどうかが定かではありません。

実際、有理数全体 Q は Z 上の加群ですが、基底が存在しません。

このような状況を踏まえた上で、Z[i] を 整数環 Z 上の加群で、基底をもつ自由加群の例として押さえておくのも良いかと思います。

ここまでは、Z からの作用と、通常の加法を用いて議論をしていました。さらに、複素数体における乗法について、ガウスの整数環が閉じていることを確認します。

ガウスの整数環 :環上の代数とは

Z[i] = {a+bi | a, b∈Z} が、複素数体における通常の乗法について閉じていることを確認します。

a, b, c, d∈Z について、
a+bi, c+di∈Z[i] の積が、Z[i] の元となっていることを確かめます。

虚数単位 i は、二乗すると -1 となることを使います。

(a+bi)(c+di) = ac+adi+bci-bd
= (ac-bd)+(ad+bc)i です。

ac-bd, ad+bc∈Z なので、
(a+bi)(c+di) = (ac-bd)+(ad+bc)i
∈{a+bi | a, b∈Z} = Z[i] です。

これで、複素数体の通常の乗法について、Z[i] が閉じていることが分かりました。

よって、Z[i] は 複素数体 C の部分環ということを示すことができました。

代数(algebra)の定義

環上の加群において、さらに乗法が定義されると、環上の代数 (algebra) といいます。

今、Z[i] は整数環 Z 上の加群であり、複素数体 C における加法と乗法について(部分)環となっていることから、Z[i] は Z 上の代数です。

代数における乗法が可換であるとき、その代数を可換代数といいます。

また、代数における乗法が結合律を満たすときに、その代数を結合代数といいます。

複素数体における乗法は、可換であり、結合律を満たすことから、Z[i] は Z 上の可換結合代数ということになります。

Z からの作用のことを忘れておくと、Z[i] は加法と乗法をもつ環 (ring) ということになります。

そこで、環としての Z[i] の構造を考察することにします。

ガウスの整数環 :乗法逆元について

一般に、環 R について、R の元で乗法逆元をもつもの全体から成る部分集合を R× と表します。

R× は R における乗法について、乗法群を成します。

ガウスの整数環 Z[i] について、Z[i]× が、どうなっているのかを考えます。

つまり、Z[i] において、乗法逆元をもつ元を明確にしたいというわけです。

ちなみに、複素数全体 C は体なので、0 以外のどの元も、乗法逆元をもちます。

このことから、a+bi∈Z[i] の逆元となる複素数は、必ず C の中に存在するのですが、その乗法逆元が Z[i] の元となっているかどうかは定かではありません。

Z[i] の元で、その乗法逆元が Z[i] に含まれているものを全て集めた Z[i]× が、どうなっているのかを求めます。

整列集合への写像

0 以上の非負整数全体を Z≧0 と表すことにします。

Z≧0 は通常の大小関係 ≦ について、整列集合となっています。

整列集合とは、任意の空でない部分集合が、その順序に関する最小元をもつ集合のことです。
超限帰納法という関連するブログ記事を投稿し、そこで整列集合についての基本的な内容を解説をしています。

f:Z[i] → Z≧0 を、
a+bi (a, b∈Z) に対して、
f(a+bi) = a2+b2 と定義します。

a+bi の複素共役 a-bi との積が、
a2+b2 = f(a+bi) となっています。

f(a+bi) = 0 (a, b∈Z) ということと、
a = b = 0 ということが同値になります。

ここで、a, b, c, d∈Z について、
x = a+bi, y = c+di∈Z[i] について、
f(xy) = f(x)f(y) となっていることを確かめます。

xy = (a+bi)(c+di)
= (ac-bd)+(ad+bc)i です。

その一方で、f(x)f(y) を定義通りに計算すると、次のようになります。

f(x)f(y) = (a2+b2)(c2+d2)
= a2c2+a2d2+b2d2+b2c2
= a2c2+b2d2+a2d2+b2c2 … (2)

(1), (2) より、f(xy) = f(x)f(y) となっています。

このことを用いて、Z[i]× が、どういった元から成るのかを求めます。

乗法逆元を全て決定する

x = a+bi∈Z[i] (ただし、a, b∈Z) が、
乗法逆元 x-1∈Z[i] をもったとします。

すると、xx-1 = 1 = 1+0i ∈Z[i] です。

よって、
1 = 12+02 = f(1) = f(xx-1)
= f(x)f(x-1)

f(x), f(x-1)∈Z≧0 であり、
f(x)f(x-1) = 1 なので、
f(x) = f(x-1) = 1 でなければなりません。

非負整数どおしの積が、1 となるのは、
1 × 1 = 1 しか可能性が無いためです。

よって、1 = f(x) = a2+b2 です。

a, b は整数なので、
「a2 = 1 かつ b2 = 0」または「a2 = 0 かつ b2 = 1」です。

「a2 = 1 かつ b2 = 0」の場合、
b = 0 かつ 「a = 1 または a = -1」なので、
x = 1 または x = -1 です。

「a2 = 0 かつ b2 = 1」の場合は、
a = 0 かつ「b = 1 または b = -1」なので、
x = i または x = -i です。

よって、
Z[i]× ⊂ {1, -1, i, -i} と分かりました。

逆に、1, -1, i, -i は、どれも逆元が Z[i] に含まれています。

1+0i∈Z[i] の逆元が -1∈Z[i] で、
0+1i∈Z[i] の逆元が 0-i∈Z[i] です。

よって、1, -1, i, -i∈Z[i]× より、
Z[i]× = {1, -1, i, -i} となっています。

これで、Z[i] の元で、その乗法逆元となる複素数が Z[i] に含まれているものが、1, -1, i, -i の 4 個のみということが分かりました。

ガウスの整数環 :環としての構造

次の [1]と[2]をともに満たすとき、乗法単位元 1 をもつ整域である可換環 R をユークリッド整域といいます。

W は整列集合です。

[1] f : R → W について、R ∋ x ≠ 0 に対して、
f(x) > f(0) である。

[2] R ∋ x ≠ 0 と任意の y ∈ R に対して、
y = qx + r かつ f(x) > f(r) を満たす
q, r ∈ R が存在する。

ユークリッド整域より

Z[i] は、複素数体の部分環なので、整域となっています。そして、1 = 1+0i が Z[i] の乗法単位元です。

そこで、Z[i] について、先ほど定義した f と Z≧0 という整列集合について、[1]と[2]が成立していることを確かめます。

Z[i]∋x = a+bi ≠ 0 (a, b∈Z) について、複素数の相当関係の定義から、
a または b は 0 ではない整数です。

そのため、f(x) = a2+b2 > 0 となっています。

0 = 0+0i について、f(0) = 02+02 = 0 です。

そのため、f(x) > 0 = f(0) となっているので、[1]が成立していることを示すことができました。

[2] を示すことができると、Z[i] がユークリッド整域ということになります。

Z[i]∋x = a+bi ≠ 0, y = c+di (a, b, c, d∈Z) について、[2] が成立することを確かめます。

複素数体の部分体である有理数体 Q において、
y/x を有理化します。
(1 を掛けても同じ複素数のままということを使います。)

y/x × (a+bi)/(a+bi) を計算したときの実部と虚部は、有理数 p, q を用いて、
y/x = p+qi と表すことができます。

ここで、s, t∈Z を、
|s-p| ≦ 1/2, |t-q| ≦ 1/2 となるように選びます。

ここで、
α = s+ti, β = (p-s)+(q-t)i と置きます。

実部と虚部が、ともに整数なので、
α, β∈Z[i] です。

α+β = p+qi = y/x より、
y = αx+βx となっています。

今、βx の実部と虚部は、ともに整数となっているので、
βx ∈Z[i] です。

βx = r と置きます。

y = αx+r で、α, r ∈Z[i] なので、
f(r) < f(x) を示せば、[2] が成立していることになります。

|s-p| ≦ 1/2, |t-q| ≦ 1/2 より、
f(β) = (p-s)2+(q-t)2 < 1 です。

よって、
f(r) = f(βx) = f(β)f(x) < f(x) です。

これで、[2]が成立していることを示せました。

以上より、ガウスの整数環 Z[i] は、ユークリッド整域となっています。

環論の入門内容

複素数体 C における通常の加法と乗法について、ガウスの整数環は、環となっていて、ユークリッド整域であることが示せました。

環論の入門的な内容で学習する一般論として、ユークリッド整域は単項イデアル整域となっています。

そして、単項イデアル整域は、一意分解整域です。知識として、一意分解整域なので、素元と既約元が一致しているということになります。

また、単項イデアル整域は、ネーター環でもあります。

そのため、Z[i] がユークリッド整域であることから、ガウスの整数環は一意分解整域であり、ネーター環でもあるということが分かりました。

Z[i] については、加群や環論の用語を用いて述べてきましたが、この記事の証明内容をよく見ると、高校の数学で学習した複素数についての基礎的な計算しか用いていません。

関数 f についても、実部と虚部を二乗したものを足し合わせるだけなので、シンプルです。

このような扱いやすい具体例を知っておくと、環論や加群の抽象的な議論を試す例として良いかと思います。

ちなみに、1, -1, i, -i の 4 個が、Z[i] における乗法逆元をもつ単元全体でした。

f(1) = f(-1) = f(i) = f(-i) = 1 となっています。

逆に、x = a+bi∈Z[i] が、f(x) = 1 となっていると、
x∈{1, -1, i, -i} となっていることが分かります。

実際、1 = f(x) = a2+b2 なので、
「a2 = 1 かつ b2 = 0」または 「a2 = 0 かつ b2 = 1」です。

「a2 = 1 かつ b2 = 0」の場合は、
x = 1 または x = -1 です。

「a2 = 0 かつ b2 = 1」の場合は、
x = i または x = -i です。

そのため、x∈Z[i] について、
f(x) = 1 だと、x は乗法逆元をもつ元、つまり単元ということになります。

このことを使うと、2+i∈Z[i] が素元ということが、すぐに分かります。

2+i = p1…pr と素元(既約元)の積に分解していたとします。

f(2+i) = 5 という素数であり、
f(p1) から f(pr) は自然数です。

そのため、
5 = f(2+i) = f(p1)…f(pr) です。

5 は素数なので、f(p1) から f(pr) のうち、どれか一つが 5 で、残りの値は全て 1 です。

f による値が 1 ということは、単元なので、
p1 から pr は、どれか一つが 2+i で、残りが全て単元ということになります。

そのため、一意分解整域の既約元の積として表す一意性から、
2+i は既約元、つまり素元となります。

このような環論についての一般論を、具体的な数について、高校の数学の計算を使いながら練習することができます。

関連する記事として、トーラス(円環)という記事を投稿しています。

また、環論について、
イデアルの積という記事で加法と乗法を意識しつつ基礎的な内容を解説しています。

二項演算に着目して、群の構造に関わる内容を具体的に解説した内容になっています。

これで、今回の記事を終了します。

読んで頂き、ありがとうございました。

フォローする