トーラス 円環 | 部分群であるTを用いた、Cの乗法群と同型な剰余群
" トーラス ( 円環 )"を用いて、群論入門で学習した基礎を使う内容について解説をしています。
具体的な例で理論を使うことで、より地に足がついた理解が得られることもあります。
複素数体の乗法群の部分群であるトーラスで、加法群や乗法群や剰余群を具体的に意識する内容となっています。
定義に基づいて結論を丁寧に示します。
この記事では、実数体を R、複素数体を C として議論を進めることにします。
トーラス :円環を単位円で
【定義】
複素数体の乗法群を C× とし、
{z∈C× | |z| = 1} をトーラスといい、T と表す。
複素数体 C には、通常の加法と乗法という二つの二項演算が定義されています。
トーラスを定義するときに使う C× について説明を加えておきます。
C× は C-{0} という差集合です。
この差集合 C× は、通常の複素数の乗法について群の定義を満たしています。
この乗法群のことを複素数体の乗法群とよんでいます。
C× の元は 0 でないので、高校の数学でいう逆数をとることができます。
z∈C× について、逆数 z-1 のことを、大学の数学では逆元といっています。
高校の数学でも学習した複素数の絶対値について、今回の記事で使う内容を述べておきます。
・|z1z2| = |z1||z2|
・|z-1| = |z|-1
ただし、z1, z2∈C, z∈C×
※ 実数の絶対値は、複素数の絶対値を実数に限定したものです。
|z-1| = |z|-1 は逆元ということから導かれます。
1 = zz-1 なので、
1 = |1| = |zz-1|
= |z| × |z-1|∈R となっています。
そのため、実数 |z| の逆元が、|z-1| という実数となっています。
すなわち、|z|-1 = |z-1| です。
この複素数の絶対値についての性質から、トーラスが C× の部分群となっていることを導くことができます。
定義に基づき結論を示す
【命題】
T = {z∈C× | |z| = 1} は、乗法群 C× の部分群である。
<証明>
a, b∈T を任意に取ります。
T に含まれているということの定義から、
|a| = 1, |b| = 1 となっています。
積で閉じていることを示したいので、ab が T の元ということを確認したいところです。
ab∈T ということを示すには、T の中に入るための条件を確認します。
つまり、ab∈C× で |ab| = 1 ということを確認することになります。
a, b∈T ⊂ C× なので、ab が 0 でないということが分かります。
もし、ab = 0 とすると、a-1 を両辺に掛けると、
b = 0 となり、b∈C× であることに反してしまいます。
そのため、
ab ≠ 0 で ab∈C だから、
ab∈C× です。
次に、a, b∈T なので、
|a| = 1, |b| = 1 より、
絶対値の性質から、
|ab| = |a||b| = 1×1 = 1 です。
これで、ab∈T であることが確認できました。
また、z∈T とすると、
z-1∈C× で、
|z-1| = |z|-1 = 1-1 = 1 です。
T の中に含まれる条件が確認でき、
z-1∈T となり、逆元で閉じていることも示せました。
よって、
任意の x, y∈T に対し、
xy-1∈T となっています。
そのため、部分群の判定方法から、T は C× の部分群となっています。【証明完了】
ここまでの計算は、高校の数学で学習した内容のみを使っていました。
|z| = 1 ということは、複素数平面で原点中心、半径 1 の円周上の点ということです。
そこで、複素解析で有名なオイラーの公式を合わせて計算を進めるチャンスです。
複素解析との合わせ技
【オイラーの公式】
z∈C に対して、
eiz = cos z + i sin z【指数法則】
z, w∈C に対して、
ブログ加法定理より
ezew = ez+w
指数法則で、加法と乗法が関わります。
この内容を使って、後で群準同型写像を定義します。
そのときに、使う内容を先に述べておきます。
n を整数として、2πn を z として考えてオイラーの公式を使います。
すると、
cos 2πn + i sin 2πn
= ei(2πn) = e(2πi)n となります。
ここで、極形式にド・モアブルの定理を使います。
cos 2πn + i sin 2πn
= (cos 2π + i sin 2π)n
= 1n = 1
整数全体を Z と表すことにして、これらの内容をまとめます。
任意の n∈Z に対し、
e(2πi)n = 1 … ★
円環のトーラスについて、この内容を使って、群としての同型写像を考えます。
実数全体 R を通常の加法についての加法群と考え、乗法群であるトーラス T への群準同型写像を定義します。
トーラス :点の動きを角度で観察
f : R → T を次のように定義します。
r∈R に対して、
f(r) = e(2πi)r とします。
|f(r)| = |e(2πi)r|
= |(cos 2π + i sin 2π)r|
= |(cos 2π + i sin 2π)|r
= 1r = 1 です。
絶対値が 1 なので、原点中心、半径 1 の単位円の上の f(r) があります。
そのため、f(r)∈T となっています。
この f が加法群 R から乗法群 T への群準同型写像となっていることが、複素指数関数についての指数法則から分かります。
実際に、x, y∈R について、和と積について調べてみます。
f(x+y) = e(2πi)(x+y)
= e(2πi)xe(2πi)y
= f(x)f(y) となっています。
これは、f が加法群 R から乗法群 T への群準同型写像となっていることを示しています。
さらに、先ほどの★から、
ker f = Z です。
※ ker f は、f で移したときに 0 となる複素数を全て集めた集合のことです。
極形式から 2π ラジアンの整数倍のときに限り、複素指数関数の値が 1 となります。
この 1∈T は、T の単位元です。
数学では、既に証明されている真である命題を適用することができます。
群についての準同型定理から、
R/ker f ≅ Im f となります。
※ 第二同型定理という記事で、群についての準同型定理を証明しています。
ker f = Z だったので、
R/Z ≅ Im f です。
さらに、Im f = T となっていることを示したいところです。
すなわち、f が全射ということが分かると、T を群として同型に書き換えることができます。
ここで、効果的なのが連続写像についての考え方です。
r∈R について、f(r) はトーラス T の元です。
トーラスの元全体を複素数平面上に図示すると、原点中心の単位円周上の点全体です。
arg という偏角を観察することで、f が全射であることが分かります。
偏角の動きで推移を見る
r∈R に対して、
f(r) = e(2πi)r
= cos 2πr + i sin 2πr でした。
そのため、
arg f(r) = 2πr です。
r を連続的に変化させると、0 から 2π まで連続的に偏角を変化させることができます。
そのため、r を走らせると、f(r) はトーラスである単位円周上のすべての点を動くことになります。
よって、Im f = T、つまり、f が全射ということになります。
先ほど示した群としての同型から、
R/Z ≅ T となっています。
加法群と乗法群の準同型対応 f の議論をしてきましたが、最後に幾何的な連続の考え方を使いました。
オイラーの公式によって、複素指数関数と複素三角関数がつながり、このような図形的なアプローチができました。
トーラス :複素数体における演算
複素解析で扱うオイラーの公式も使いましたが、複素数体における代数的な構造についても再考しておきます。
C × C → C という写像が、複素数全体 C における二項演算です。
この二項演算として、中学一年のときから使っている加法と乗法があります。
φ : C × C → C を加法とし、
Ψ : C × C → C を乗法とします。
つまり、(a, b)∈C × C について、
φ(a, b) = a+b,
Ψ(a, b) = ab です。
写像 φ と Ψ はどちらも交換法則を満たします。
ただ、C において二つの写像の振る舞いは違います。
解析の内容も少し使いましたが、一つの集合 C において、異なる二項演算が二つ定義されているということの認識を深めるために、トーラス(円環)を取り挙げました。
φ と Ψ の違いに関連して、群という代数学で扱われる数学的な構造について、理解を深めるチャンスになるので、もう少し述べておきます。
二項演算で閉じないという例
代数学を学習していると、「和で閉じる」や「和で閉じていない」ということを考えるときがあります。
C× = C-{0} を使って、加法の計算結果である和で閉じないということを確認します。
a∈C× を零でない複素数とします。
このとき、-a という a の加法逆元も C× の元となっています。
実際、
-a = -1 × a ≠ 0 なので、
-a∈C× です。
ここで、二項演算 φ について、閉じていないということが確認できます。
φ((a, -a)) = a+(-a) = 0 です。
C× は C-{0} という差集合だったので、0 は C× の元ではありません。
そのため、
φ((a, -a)) = 0 は C× の元でないということになります。
これで、a と -a の和で C× が閉じていないということです。
二項演算で閉じているということを写像の記号を使って表すと、次のようになります。
つまり、
Ψ((C× × C×)) ⊂ C× が、乗法という二項演算で C× が閉じているということです。
このように、直積集合の写像による像が直積因子に含まれているというで、二項演算で閉じているということが定義されています。
二項演算で閉じているということを否定すると、閉じていないということになります。
加法 φ で C× が閉じていないということを写像の記号で表すと次のようになります。
【閉じていない定義】
ある (z, w)∈C× × C× が存在して、
φ((z, w)) が C× の元でないとき、
C× は φ で閉じていないという。
つまり、φ((C× × C×)) が C× の部分集合となっていないときに、C× が φ という二項演算で閉じていないということです。
先ほど、φ((a, -a)) = 0 は C× の元でないということを確認しました。
閉じない定義の (z, w) として、
(a, -a) を考えると、閉じていないことの定義を満たすということです。
「任意の」や「存在する」という論理が「閉じている」や「閉じていない」の定義に関わっているので、代数学でも論理記号を意識することが多いです。
トーラスという円環を通じて、複素数体 C における加法と乗法について述べました。
関連する記事として、ガウスの整数環という記事を投稿しています。
環という代数構造をもつ具体的な例となります。
二項演算が複素数の計算なので、環論の学習をし始める頃に、学習しやすい例となるかと思います。
それでは、これで今回の記事を終了します。
読んで頂き、ありがとうございました。