End(V) エンドモルフィズム | VからVへの線形変換全体が成す代数
" End(V) エンドモルフィズム “は、代数学の学習を進める上で避けては通れない重要な内容となります。
体 K 上の線形代数 V から V への線形変換をすべて集めた集合に、加法と乗法を定義し、環の構造を導入します。
さらに、その End(V) に可換体 K からの作用を定義し、K 上の代数とします。
環や加群についての定義は、大学の数学科の二年生以降に学習する内容となります。
しかし、一年の線形代数学の段階から、実質的にその内容を使うので、線形代数の段階から解説をします。
End(V) :加法と乗法の定義
可換体 K 上の線形代数(ベクトル空間)を V とします。
このとき、V から V への線形変換が存在します。
V から V への恒等写像 I が、その一つです。
I : V → V を、任意の v∈V に対して、
I(v) = v で定めた写像(関数)が恒等写像です。
0V∈V を線形代数 V の加法単位元とします。
記号が、ややこしいですが、0 を V から V への零写像と表すことにします。
0 : V → V を、任意の v∈V に対して、
0(v) = 0V と定めます。
この零写像 0 も V から V への線形変換となっています。
線形変換の定義は、次の二つの条件を両方とも満たすことです。
【線形変換の定義】
v, w∈V, k∈K とする。
[1] 和を保存
f(v+w) = f(v)+f(w)
[2] スカラー倍を保存
f(kv) = kf(v)
少なくとも一つは V から V への線形変換が存在することから、それらの線形変換をすべて集めた集合は空集合ではありません。
そこで、End(V) という記号で、V から V への線形変換全体を集めた集合とします。
この集合に、加法と乗法となる二つの二項演算を定義します。
集合上の二項演算は、写像となっています。
※ End(V) の元(要素)も線形変換という写像ですが、定義域が異なるので、混同は起きません。
f, g∈End(V) に対し、
任意の v∈V について、
(f+g)(v) = f(v)+g(v) と定義します。
同じ + の記号を使っていますが、
f(v)+g(v) は V における加法です。
f+g が、これから定義する End(V) における加法です。
これで、
φ : End(V)×End(V) → End(V) を定義することができます。
(f, g)∈End(V)×End(V) に対し、
φ((f, g)) = f+g と定義します。
この φ が End(V) における加法となります。
次に、f, g∈End(V) に対し、
fg を f と g の写像の合成とします。
つまり、v∈V に対して、
(fg)(v) = f(g(v)) となっています。
ψ : End(V)×End(V) → End(V) を、
(f, g)∈End(V) に対し、
ψ((f, g)) = fg と定義します。
この ψ が End(V) における乗法です。
End(V) における φ と ψ という二つの二項演算について、これから代数的構造を説明します。
加法φについて群
f∈End(V) に対して、-f という線形変換を定義します。
つまり、v∈V に対して、V における f(v) の加法逆元 -f(v) を対応させる写像を -f と定義するわけです。
ここで、線形代数についての基礎的な命題を使います。
1K∈K という K の乗法単位元について、その逆元を -1K と表すと、V への作用(オペレーション)として次が成立します。
つまり、任意の v∈V について、v の加法逆元 -v は、v に -1K を作用させた値と一致します。
すなわち、
-v = -1Kv となっています。
※ ベクトル空間の公理という記事で、この内容を証明しています。
このことから、-f∈End(V) だと分かります。
v, w∈V に対して、
-f(v+w) = -(v+w)
= -1K(v+w)
= (-1K)v+(-1K)w
= (-v)+(-w)
= (-f(v))+(-f(w))
さらに、k∈K に対して、
-f(kv) = (-1Kk)v
= -1Kv = -v = -f(v)
よって、-f は線形変換の定義を満たします。
そのため、-f∈End(V) となっています。
V における加法逆元と関連させて、φ についての逆元の存在を求めます。
f∈End(V) について、
φ((f, -f) = f+(-f) = 0 です。
零写像が、End(V) の加法単位元となっているので、f の加法逆元が -f ということになります。
単位元の存在、逆元の存在、結合律(結合法則)という二項演算についての三つの群となるための条件を詳しく確認します。
<加法単位元 0>
任意の f∈End(V), v ∈V に対し、
(f+0)(v) = f(v)+0(v)
= f(v)+0V = f(v)
これで、定義域の任意の元について、像の値が等しいという二つの写像が等しいことの定義から、次が成立していることが分かりました。
つまり、
f+0 = f ということです。
同様に、0+f = f も導けます。
<加法逆元 -f>
(f+(-f))(v) = f(v)+(-f(v))
= 0V = 0(v) です。
このため、f+(-f) が零写像 0 と等しいことが分かりました。
そのため、f の加法逆元が -f ということになります。
<結合律>
f, g, h∈End(V), v∈V について、
(f+(g+h))(v)
= f(v)+(g+h)(v)
= f(v)+(g(v)+h(v))
= (f(v)+g(v))+h(v)
= (f+g)(v)+h(v)
= ((f+g)+h)(v)
これで、
(f+g)+h = f+(g+h) を示すことができました。
つまり、End(V) において加法 φ は結合律を満たしています。
これで、End(V) が加法 φ について群の構造をもっていることが確認できました。
高校の数学では、環の定義は範囲外となっています。
そのため、環の定義を認識しないと、数学科の二年次の内容が来るとき、そこで扱われる環論の内容が捉えられません。
ここからは、環の定義から二年次の内容へ。
End(V) :環構造の起動
∀f, g, h∈End(V), v∈V,
(f(gh))(v) = f((gh)(v))
= f(g(h(v)))
= (fg)(h(v))
= ((fg)h)(v)
→ f(gh) = (fg)h
(f(g+h))(v) = f((g+h)(v))
= f(g(v)+h(v))
= f(g(v))+f(h(v))
= (fg)(v)+(fh)(v)
= (fg+fh)(v)
→ f(g+h) = fg+fh
これで、乗法 ψ について結合律が成立することと、分配律が成立することが確認できました。
分配律は、加法と乗法という二種類の二項演算をつなぐ法則となっています。
これで、End(V) は、線形変換どうしの加法と乗法について、環の定義を満たしていることを示すことができました。
環については、乗法に関する単位元をもたないものもあります。
しかし、End(V) については、乗法単位元の存在が分かります。
乗法単位元の存在
V から V への恒等写像が、乗法に関する単位元となります。
∀v∈V に対して、
I(v) = v ということから、
∀f∈End(V) について、
ψ(fI) = f ということを示します。
つまり、f と I の合成写像が f のままということです。
(fI)(v) = f(I(v)) = f(v) となるので、これは v を f で移した像 f(v) と一致しています。
そのため、fI = f です。
これは、I が f の右単位元ということを表しています。
今度は、左単位元でもあることを確認します。
つまり、ψ(If) = f を示します。
(If)(v) = I(f(v)) です。
ここで、f(v)∈V なので、恒等写像で動きません。
I(f(v)) = f(v) なので、
(If)(v) = f(v) です。
よって、If = f となります。
代数学では、写像の対応をよく使います。
写像による像と逆像では、定義域という始集合と終集合といった集合に力点を置いて解説をしています。
また、全単射という記事で、写像の対応についての集合論入門の内容を解説しています。
これで、End(V) において、恒等写像が乗法単位元となっていることを示すことができました。
さらに、専門課程の代数学を学習するときに、意識する内容を述べておきます。
End(V) :可換体からの作用
End(V) という可換体 K 上の線形代数 V の線形変換全体が環 (ring) としての構造をもっていることを述べました。
この K はスカラー倍といって、V へ作用をしています。
K×V → V という写像で、
(k, v)∈K×V に対して、
kv という作用をスカラー倍と線形代数学では、呼んでいました。
この K の作用(オペレーション)を使って、End(V) への作用を誘導することができます。
K×End(V) → End(V) という作用を次のように定義します。
(k, f)∈End(V) について、kf という V から V への線形変換をどのように定義するかということです。
これは、w∈V に対して、f(w) が V の元であるということを利用します。
K から V への作用は定義されているという設定なので、k から f(w) への作用を考えることができます。
つまり、kf(w) という V の元が定まります。
そこで、
kf : V → V を、
w∈V に対して、
(kf)(w) = kf(w) と定義します。
この kf は、線形変換の定義を満たします。
実際、x, y∈V に対して、
(kf)(x+y) = kf(x+y)
= k(f(x)+f(y))
= kf(x)+kf(y) となっています。
これは、kf が V における和を保存していることを意味しています。
さらに、α∈K に対して、
(kf)(αw) = k(f(αw)
= (kα)f(w)
= (αk)f(w) = α(kf)(w) となっています。
これで、kf がスカラー倍を保存していることも確認できました。
したがって、kf は V から V への線形変換となっています。
つまり、kf∈End(V) ということの証明が完了しました。
この可換体 K からの作用について、End(V) は K 上の線形代数(ベクトル空間)ともなっています。
環であり、可換体 K 上の線形代数でもあるものを、K 上の結合代数といいます。
※ 環なので、乗法の結合律が成立しているので結合代数です。
乗法が結合律を満たしていないときは、K 上の非結合代数や、単にK 上の代数といいます。
ちなみに、V が n 次元の線形代数のときは、V から V への線形変換を n 次の正方行列として表すことができます。
この K 成分の n 次正方行列で行列表示したもの全体も、同じくK 上の結合代数となっています。
それを M(n, K) などと表すこともあります。
さらに、群論の学習で出てくる内容にも触れておきます。
End(V) の部分集合で、全単射となっているもの全体から成る部分集合を考えます。
それを gl(V) と表すことにします。
この gl(V) は、一般線形群という乗法群をなします。
※ 写像の合成を積として群となっています。
gl(V) の元は逆写像をもつ線形変換なので、行列表示をすると、行列式がゼロでない行列となっています。
関連する基礎内容
n 次元の線形代数について、その線形変換は行列で表すことができます。
その表し方について、
基底変換行列という記事で詳しく解説をしています。
また、右から行ベクトルに行列を掛けることで線形変換を表すこともできます。
この右から掛ける行列表示については、表現行列というブログで解説をしています。
このように、線形変換の行列表示についての抽象理論を押さえつつ、具体的な行列で線形変換の動きを見るという内容の記事は、次の記事になります。
Reflectionという記事では、一つの直線について点を折り返すという対称変換を表す行列を使って、具体的な様子を解説しています。
それでは、これで今回の記事を終了します。
読んで頂き、ありがとうございました。