環準同型写像 | 単射の必要十分条件はker f = {0}
環準同型写像 f は、ker f = {0} であることと、単射であることが同値です。このことから、体の準同型写像まで理解を広げて考えます。
すると、体の零でない元には、乗法逆元が存在することから、体から体への環準同型写像は、必ず単射となることが導けます。
※ただし、このブログで扱う体は、すべて可換体とします。
線形代数学で、線形写像 f が単射であることの必要十分条件が、ker f = {0} と学習します。この証明に、環準同型写像のときも近い証明となります。
よく似た証明なので、線形写像について復習をしつつ、環準同型写像についての ker を考えます。
線形写像の ker f の定義は、V から W への線形写像 f について、
{v ∈ V | f(v) = 0} という V の部分空間です。
※ f で移すと 0 になる始集合の元全体ということです。
環準同型写像 :まず線形写像から復習
環や体の準同型写像の内容の前に、線形写像について、ker f = {0} が単射であることと同値となるのを示しておきます。
【命題】
体 K 上のベクトル空間を V, W とする。
また、f : V → W を線形写像とする。
このとき、f が単射であることの必要十分条件は、
ker f = {0} である。
f が単射 ならば ker f = {0} ということを証明します。
f(0) = f(0 + 0) = f(0) + f(0) より、両辺に -f(0) を加えると、f(0) = 0 なので、0 ∈ ker f です。
よって、{0} ⊂ ker f となっています。
次に、ker f ⊂ {0} を示します。
x ∈ ker f を任意にとります。
ker f の定義から、f(x) = 0 となっています。
ここで、先ほど示した f(0) = 0 から、
f(x) = f(0) となります。
仮定より、f が単射だから、x = 0 となります。つまり、ker f ⊂ {0} も示せました。
以上より、ker f = {0} が導けました。
逆も証明
ker f = {0} ならば f が単射ということを示します。
f(x) = f(y), (x, y ∈ V) とします。
両辺に -f(y) を加えると、
f(x) - f(y) = f(y) - f(y) = 0
ここで、線形写像の定義から、
f(x - y) = f(x) - f(y) なので、合わせると、f(x - y) = 0 となります。
したがって、x - y ∈ ker f = {0} となります。
仮定より ker f が 0 のみなので、x - y = 0 となり、両辺に y を加えると、x = y となります。
すなわち、f が単射であることが確認できました。【証明終了】
次に環についての準同型写像を考えます。
環準同型写像 : 環のとき
体は環 (ring) の特別なものなので、まず環についての準同型写像の定義から述べます。
【定義】
環 R1 から環 R2 への写像 f が準同型写像であるとは、次の①から③を満たすことである。
任意の a, b ∈ R1 に対して、①と②が成立。
① f(a + b) = f(a) + f(b)
② f(ab) = f(a)f(b)
さらに、1 ∈ R1 の f による像は、R2 の乗法についての単位元となる。
③ f(1) = 1
これが、環準同型写像の定義です。
可換体の準同型写像を以下で議論するのですが、③は①と②から導かれます。
環準同型写像 :体について
先ほど環について述べた準同型写像の定義は、体としての準同型写像の定義にもなります。体の場合は、この定義から、次のことが導けます。
【命題】
f を体 F から体 K への写像とし、任意の a, b ∈ F に対して、
f(a + b) = f(a) + f(b), f(ab) = f(a)f(b) とする。
また、Im f ≠ {0} とする。
このとき、任意の x ∈ F - {0} に対して、
f(x-1) = f(x)-1 となる。
「体 F の 0 ではない任意の元 x の乗法に関する逆元 x-1 の f による行き先は、f(x) の K における乗法に関する逆元になる」ということが命題の証明の決め手になります。
<証明>
任意の x ∈ F - {0} について、x は 0 でないので、体の定義から、乗法に関する逆元が存在します。それが x-1 です。
よって、逆元の定義から、xx-1 = 1
f で移すと、f(xx-1) = f(1) = 1
※ 定義③より f(1) = 1
定義②より、f(x)f(x-1) = f(xx-1)
よって、f(x)f(x-1) = 1 … ★
ここで、f(x) ∈ K が 0 だとすると、0 と f(x-1) との乗法の値が 0 となってしまうので、★の計算結果と矛盾します。
よって、背理法から、f(x) は 0 ではないということになります。
したがって、f(x) ∈ K - {0} なので、体の定義から、乗法に関する逆元 f(x)-1 が存在します。
この f(x)-1 を★の両辺に左から乗じると、
f(x)-1(f(x)f(x-1)) = f(x)-1
結合律より、
(f(x)-1f(x))f(x-1) = f(x)-1
f(x)-1f(x) = 1 より、f(x-1) = f(x)-1【証明終了】
この命題から、f(1) = 1 が導かれます。
実際、0 ではない体 F の元 a について、
1 = aa-1 なので、
f(1) = f(aa-1) = f(a)f(a)-1= 1
※ 環準同型写像の定義から、f(1) = 1 となっているのですが、自分で写像を定義したときに、f(1) = 1 を示すにあたって、Im f ≠ (0} を先に示せれば、f(1) = 1 が自動的に従うということを述べたかったので、敢えて命題という形にしました。
主定理の証明
【定理】
F, K を体とし、
f : F → K を環準同型写像とする。
このとき、
ker f = {0} である。
<証明>
0 ∈ F について、
f(0) = f(0 + 0) より、f(0) = 0 となっています。
※線形写像のときと同様です。
よって、0 ∈ ker f です。
次に、ker f には、0 でない F の元が含まれていないことを背理法で示します。
x ∈ ker f が、もし 0 でなかったと仮定します。そうすると、体の定義から、x の乗法逆元 x-1 が存在します。
1 = xx-1 なので、
f(1) = f(xx-1) = f(x)f(x-1) … ★
x ∈ ker f より、
f(x) = 0 なので、f(1) = 0
一方、
環準同型写像の定義から、f(1) = 1
したがって、1 の f による像が異なる二つの値を取ってしまったので、写像 f の 一対一対応に矛盾しました。
したがって、背理法より、ker f には、0 でない F の元は存在しないことになります。【証明終了】
【補足】
今、示したことは、f が単射ということを意味しています。
実際、f(a) = f(b) (a, b ∈ F) とすると、
f(a - b) = f(a) - f(b) = 0
よって、a - b ∈ ker f = {0} となり、
a - b = 0 です。
すなわち、a = b なので、f が単射ということになります。
逆に、線形写像のときと同じ議論で、
体に限らず環を定義域とする環準同型写像 f が単射であれば、
ker f = {0} となります。
環準同型写像について、単射であることと、kernel が {0} ということが同値になります。
ただし、一般に、環を定義域とする環準同型写像については、単射とは限らないので注意です。
体が定義域となっている環準同型写像は必ず単射となります。
ここからは、環準同型写像が単射であることと、kernel が {0} であることが同値であることを使って、準同型定理を導きます。
環準同型写像 :環についての準同型定理
ここまで、準同型写像が単射ということについて述べてきました。
単射でないとき、つまり ker f に 0 以外の元がある場合について、次の準同型定理が基本になります。
簡単のため、以下の R と R’ は乗法単位元をもつ可換環とします。
I ⊂ R が加法群として R の部分群になって、任意の r ∈ R と任意の a ∈ I に対して ra ∈ I となっているときに、I を R のイデアルといいます。
先ほどから述べている ker f は R のイデアルとなっています。
<証明>
まず、ker f が R のイデアルとなっていることを示します。
任意の a, b ∈ ker f について、
f(a - b) = f(a) - f(b)
= 0 - 0 = 0
よって、a - b ∈ ker f となるので、ker f は R の加法についての部分群です。
また、任意の r ∈ R と任意の a ∈ ker f に対して、
f(ra) = f(r)f(a) = f(r)0 = 0
よって、ra ∈ ker f も示せたので、
ker f は R のイデアルです。
R において、x, y ∈ R が x - y ∈ ker f となっているときに、x ~ y と二項関係 ~ を定義します。この二項関係 ~ は、反射律、対称律、推移律を満たし、R 上の同値関係となっていることが分かります。
同値関係 ~ によって、R は同値類にクラス分けをすることができます。そこで、すべての同値類という集合を集めた集まりを R/ker f と表します。
各同値類は、x + ker f (x ∈ R) という形になっています。
※ この説明は後で解説します。
φ : R/ker f → R’ を
φ(x + ker f) = f(x) と定義します。
この φ は同値類の代表元の取り方に依らないで定義できている (well-defined) ということは、次のようにして示されます。
x + ker f = a + ker f だとすると、同値関係 ~ の定義から x - a ∈ ker f となります。そのため、ある s ∈ ker f が存在して、x - a = s と表すことができます。
つまり、x = a + s となっています。
f は 準同型写像なので、
f(x) = f(a + s) = f(a) + f(s) です。
また、s ∈ ker f なので、f(s) = 0 だから、
f(x) = f(a + s) = f(a)
よって、
φ(x + ker f)
= f(x) = f(a) = φ(a + ker f)
これで、φ が代表元の取り方に依らずに定義できていることが示せました。
R/ker f における加法と乗法はそれぞれ、x, y ∈ R に対して、次のように定義されていて、環の定義を満たします。 R が可換環なので、R/ker f も可換環となります。
(x + ker f) + (y + ker f)
= (x + y) + ker f ,
(x + ker f)(y + ker f)
= (xy) + ker f
※ これら加法と乗法も well-defined であることは、後で説明します。
R が可換環なので、
(x + ker f)(y + ker f)
= (xy) + ker f
= (yx) + ker f
= (y + ker f)(x + ker f)
となり、R/ker f も可換環ということが分かります。
R/ker f の加法と乗法の定義から、0 + ker f が加法についての零元で、1 + ker f が乗法についての単位元ということが分かります。
この剰余環 R/ker f の加法と乗法の定義から、φ が全射準同型写像となっていることを示します。
仮定より、f が全射なので、
任意の r’ ∈ R’ に対して、x ∈ R が存在して、
f(x) = r’ となります。
よって、x を含む同値類 x + ker f を φ で移すと、
φ(x + ker f) = f(x) = r’
これで、φ が全射であることが示せました。
φ が環準同型写像であることを次に示します。
x, y ∈ R に対して、
φ((x + ker f) + (y + ker f))
= φ((x + y) + ker f)
= f(x + y) = f(x) + f(y)
= φ(x + ker f) + φ(y + ker f)
次に乗法についてです。
φ((x + ker f)(y + ker f))
= φ((xy) + ker f)
= f(xy) = f(x)f(y)
= φ(x + ker f)φ(y + ker f)
これで、準同型写像であることが示せました。
環として同型写像であることを示したいので、φ が 単射であることを示す必要があります。
今、φ が環としての準同型写像であることが示せました。
先ほど証明した主定理から、準同型写像 φ が単射であることは、ker φ が R/ker f の零元 0 + ker f のみからなることと同値です。
φ(0 + ker f) = f(0) = 0 なので、
0 + ker f ∈ ker φ です。
他に ker φ が無いということを示します。
x + ker φ だとすると、
ker φ の定義から φ(x + ker f) = 0 ∈ R’ です。
また、φ の定義から φ(x + ker f) = f(x) です。
そのため、f(x) = 0 ∈ R’ です。
ker f の定義から、x ∈ ker f です。
ker f は加法群ですから、
x - 0 ∈ ker f なので、同値関係 ~ の定義より、x + ker f = 0 + ker f
したがって、ker φ = {0 + ker f} が示せました。
準同型写像 φ について、ker φ が R/ker f の零元のみから成るので、φ は単射です。
これで、R/ker f が R’ と同型であることが示せました。【証明完了】
※ 第二同型定理というリンク先の記事で、群についての準同型定理を解説しています。
この証明では、f が全射であることが仮定されていました。
f が全射であろうがなかろうが、R から Im f へは全射になるので、R’ として Im f を考えると、同様の証明で、R/ker f と Im f が環として同型になるということが成立します。
R/ker fの元について
先ほどの証明では飛ばしていましたが、
x - y ∈ ker f (x, y ∈ R) となっているときに、
x ~ y という二項関係が同値関係となっていることを示します。
f(0) = 0 なので、0 ∈ ker f であり、
任意の x ∈ R に対して、x - x = 0 ∈ ker f なので、x ~ x となります。これで、反射律が示せました。
x ~ y とすると、x - y ∈ ker f となります。
このとき、ker f が R の加法についての部分群となっていることから、
y - x = -(x - y) ∈ ker f です。
そのため、y ~ x となり、対称律も成立しています。
x ~ y かつ y ~ z とすると、
x - y ∈ ker f, y - z ∈ ker f です。
ker f が R の加法的部分群であることから、
ker f ∋ (x - y) + (y - z)
= x - z
これで、推移律も示せました。
よって、~ は R 上の同値関係です。
x ∈ R について、
x + ker f = {x + t | t ∈ ker f}
この R の部分集合が、先ほどの同値関係 ~ についての x を含む同値類となっています。このことを示します。
x を含む同値類を S(x) とすると、S(x) の任意の y について、x ~ y です。
~ の定義から、x - y ∈ ker f なので、
ある t ∈ ker f が存在し、x - y = t と表すことができます。
よって、x - t = y であり、ker f が R の加法についての部分群だったことから、
-t ∈ ker f です。
x + ker f の定義から、
y = x - t ∈ x + ker f となり、
部分集合の定義から、
S(x) ⊂ ker f です。
逆に x + ker f の任意の元を x + t (t ∈ ker f) とすると、
x - (x + t) = -t ∈ ker f なので、
x ~ (x + t) となります。
同値類の定義から x + t ∈ S(x) ということになり、
x + ker f ⊂ S(x) となります。
よって、S(x) = x + ker f となっています。
最後に R/ker f における加法と乗法が、それぞれ矛盾なく定義できていることを確認します。
well-defined
R/ker f 上の二項演算は、
直積 R/ker f × R/ker f から R/ker f への写像です。
加法も乗法も、写像として一対一対応をしています。
しかも、代表元の取り方に依らない写像となっています。
この代表元の取り方に依存しない写像となっていることを well-defined といいます。
x, y ∈ R について、~ について、x と y を含む同値類をそれぞれ S(x) と S(y) としたときに、直積の元として、
(S(x), S(y)) ∈ R/ker f × R/ker f を考えます。
この直積の元に対して、
x + y を含む同値類 S(x + y) を対応させる写像が R/ker f における加法ということです。
この対応が well-defined であることを確認するときに、同値類を先ほどの x + ker f という形で表した方が扱いやすいです。
この x ∈ R のことを同値類 S(x) の代表元といいます。
S(x) から他の元 a を、S(y) から他の元 b をとってきたときに、S(x) = S(a), S(y) = S(b) となっていることは集合論の一般論で分かっています。
ただし、
(S(x),S(y))=(S(a),S(b))∈R/ker f × R/ker f について、
加法としようとしている対応が、
本当に S(x + y) = S(a + b) となっているのかは、確認する必要があります。
つまり、
x + ker f=a + ker f かつ y + ker f=b + ker f のときに、(x + y) + ker f = (a + b) + ker f となっているのかということを示すということです。
ここで、同値関係 ~ の定義と、ker f が加法群であることが効いてきます。
x ~ a かつ y ~ b なので、
x - a ∈ ker f かつ y - b ∈ ker f
ker f は加法群ですから、
ker f ∋ (x - a) + (y - b)
= (x + y) - (a + b)
~ の定義から (x + y) ~ (a + b) なので、(x + y) と (a + b) は同じ同値類に含まれていることが分かりました。そのため、S(x + y) = S(a + b) です。
記号を書き換えると、
(x + y) + ker f = (a + b) + ker f です。
これで、加法について well-defined であることが示せました。
乗法については、ker f が R のイデアルであることが効いてきます。
r ∈ R と t ∈ ker f に対して rt ∈ ker f となっていることを利用して、
乗法の定義が well-defined であることを示します。
(S(x), S(y)) に対して、S(ab) を対応させる写像が R/ker f の乗法です。
x + ker f = a + ker f かつ y + ker f = b + ker f のとき、(xy) + ker f = (ab) + ker f となっていることを示します。
x - a ∈ ker f かつ y - b ∈ ker f なので、
ある s, t ∈ ker f が存在して、
x = a + s, y = b + t と表すことができます。
よって、
xy = (a + s)(b + t)
= ab + (at + sb + st)
s, t はイデアル ker f の元なので、
at, sb, st ∈ ker f です。
※ R は可換環より、sb ∈ ker f です。
ker f は加法群なので、
at + sb + st ∈ ker f だから、
ab + (at + sb + st)
∈ ab + ker f
よって、xy ∈ ab + ker f = S(ab) です。
xy が ab を含む同値類に含まれていることが示せたので、S(xy) = S(ab) です。これで、乗法についてもwell-defined であることが示せました。
剰余環について解説をしました。剰余環の理解を深める上でオイラーのファイ関数についての基本性質の証明は良いかと思います。
ファイ関数を学習するときに、整数環 Z についての剰余環 Z/nZ が活躍します。
ファイ関数はさまざまな分野で使われるので、剰余環と合わせて理解をしておくと良いかと思います。
関連する環論入門の内容についての記事です。
イデアルの積という記事で、イデアルについての基礎的な命題を証明しています。
また、End(V)エンドモルフィズムという記事では、線形変換全体が成す環について解説をしています。
加群についての準同型定理は、加群の定義という記事で解説をしています。
これで、今回のブログ記事を終了します。
読んで頂き、ありがとうございました。