イデアル 積 | 環のイデアルの積について【リー環のバージョンも】
" イデアル “は環論の入門的な学習を始めるときに、基本となります。
環のイデアルの定義から議論をスタートし、イデアルの積について解説します。
また、代数学の専門課程で数学科の3年や4年の内容になりますが、リー環のイデアルの積についても解説をします。
同じステップを踏める内容なので、リー環の内容へも言及しておきます。
環 R が非可換のときは、左イデアルと右イデアルを区別します。
イデアルの定義から順に説明を進めます。
イデアル :環のイデアルの定義から
【定義】
環 R の部分集合 A が次を満たすとき、A を R の左イデアルという。
[1] 和で閉じている
a, b∈A に対し、ab∈A
[2] 左作用で閉じている
a∈A, r∈R に対し、ra∈A
環 R から R 自身への作用(アクション)を R において定義されている積で定義します。
そのとき、[2] は、左から a に r を乗じているという内容になります。
行列環のように、R の乗法が可換とは限らないときには、ra が A の元だからといって、ar も A の元とは限りません。
そのため、R が可換環とは限らないときには、[2] を左イデアルの条件として、右イデアルと区別します。
[1] の和で閉じているということは、右イデアルについても同じ条件で定義されます。
しかし、R が非可換なときは左イデアルと区別し、[2] のかわりに次の [3] を定義とします。
[3] 右作用で閉じている
a∈A, r∈R に対し、ar∈A
[1] と [3] の条件をともに満たすときに、右イデアルといいます。
A ⊂ R が、左イデアルであり、なおかつ右イデアルとなっているときもあります。
即ち、[1], [2], [3] をすべて満たすときには、両側イデアルといいます。
部分環との違い(加群)
K ⊂ R が部分環であるかどうかを判断するときに、R における和と積で閉じているかどうかを確認します。
この積は、K × K → K となっていることを見るため、K の元どうしの積で考えます。
それに対して、A が R の左イデアルかどうかの [2] で確認する内容は、R との元との積で考えています。
R × A → A となっているかどうかを確認するわけです。
そのため、R-A という差集合の元 r と A の元 a の積が A の元となっていることも示さなければなりません。
R の元を左から掛けるという作用で閉じているという条件が [2] です。
[1] と [2] をともに満たすということは、左イデアル A が左R-加群であるということになります。
右から R の元を乗じるという作用について、[1], [3] を満たすとき、即ち、右イデアル A が右R-加群です。
[1], [2], [3] をすべて満たす両側イデアル A は、両側R-加群です。
一方、部分環については、A の元どうしの積しか考えていません。
※ 加群の定義などの基礎的な内容は、リンク先の記事で解説をしています。
部分環とイデアルの違いを定義の段階から押さえておくと、後々の環論の学習が円滑かと思います。
全体の部分集合についての環の構造を考える練習として、ガウスの整数環という記事を投稿しています。
抽象的な議論なので、ガウスの整数環のような具体例を通して学習をすると、より理解が深まるかと思います。
ここからは、イデアルの和と積について、解説します。
まずは、シンプルな和の方から説明し、積の方へと議論を進めます。
イデアル :イデアルどうしの積
A, B を環 R の左イデアルとします。
このとき、
{a+b | a∈A, b∈B} = A+B と表すことにします。
A+B も R に左イデアルになります。
条件 [1] を確認します。
a, c ∈A, b, d ∈B に対し、
(a+b)+(c+d)
= (a+c)+(b+d)
ここで、
a+c ∈A, b+d ∈B より、
(a+c)+(b+d) ∈A+B
即ち、
(a+b)+(c+d) ∈A+B です。
これで、左イデアルの条件 [1] が確認できました。
R における加法の結合律と交換律が効きました。
次に、条件 [2] を確認します。
a ∈A, b ∈B, r ∈R とします。
このとき、
r(a+b) = ra+rb です。
左イデアルの定義から、
ra ∈A, rb ∈B なので、
ra+rb ∈A+B です。
即ち、
r(a+b) ∈A+B です。
これで、条件 [2] も確認できました。
R における分配律が効果を発揮しました。
A, B が右イデアルのときは、条件 [3] を確認するときに、右から R の元を乗じるときに、同じく分配律を使うことで証明ができます。
そのため、A と B が R の両側イデアルであるとき、A+B も R の両側イデアルとなります。
それでは、イデアルの積について説明します。
有限和どうしの和は有限和
{Σi aibi | ai∈A, bi∈B} を AB と表すことにします。
ただし、Σi aibi は有限和とします。
すなわち、A の元と B の元の積を有限個で加法をとったものをすべて集めたものが AB です。
A と B が R の左イデアルのとき、AB も R の左イデアルとなります。
まずは、条件 [2] から確認します。
Σi aibi (ai∈A, bi∈B) に、左から R の元 r を掛けます。
r(Σi aibi) = Σi r(aibi)
= Σi (rai)bi です。
左イデアルの定義から、
rai ∈A です。
そのため、
Σi (rai)bi は、A の元と B の元の積を有限個で加法をとったものです。
即ち、r(Σi aibi)∈AB です。
これで、条件 [2] が確認できました。
次に条件 [1] を確認します。
有限個は有限個です。
m 個と n 個なので、
(m+n) 個の A の元と B の元の積の和です。
そのため、
(Σi aibi)+(Σj cjdj) ∈AB が示せました。
A, B が R の右イデアルのときや、両側イデアルであるときも、[1] が同様に示せ、[2] の証明は同じです。
即ち、A, B が R の右(両側)イデアルのとき、AB も R の右(両側)イデアルとなります。
ここまでの議論ですが、環 R からの作用が R の元と R における積をとるということだったので、作用という意識が、あまりしていませんでした。
しかし、R からの作用ということを意識して、イデアルの積もイデアルになっているということの証明を捉えてみると、リー環のイデアルについても同様の議論を施すことができます。
イデアル :リー環についても
L を体 K 上の線形代数(ベクトル空間)とします。
L において積が定義されていて、ヤコビ律という二項演算についての条件を満たしているものがリー環(リー代数)です。
リー環において、結合律の代わりに満たすものがヤコビ律というものです。
リー環における積を、
a, b ∈L に対して [ab] と括弧積で表します。
つまり、
(a, b) ∈ L × L に対し、
[ab] ∈ L という積です。
ただ、リー環について、よく知らなくても、先ほどと同じ議論でリー環のイデアルの積がイデアルになっていることが分かります。
それでは、リー環のイデアルの定義から説明します。
リー環のイデアルの定義と積
L を体 K 上のリー環とし、
A ⊂ L を線形部分空間とします。
この A が、次を満たすときに、A を L のイデアルといいます。
【リー環のイデアル】
A を L の線形部分空間とする。
任意の a ∈ L, x ∈ A に対して、
[ax] ∈ L となるとき、A を L のイデアルという。
リー環は、括弧積が定義されている線形代数です。
そのため、線形代数で学習した内容も使われています。
a ∈ L に対して、
fa : L → L を、
t ∈ L に対して fa(t) = [at] と定義します。
L における括弧積の分配律から、fa が L から L への線形変換となっています。
A ⊂ L が L のイデアルであるということは、任意の L の元 a に対して、A が fa についての不変部分空間となっているということです。
また、リー環の括弧積について、次のスキューシンメトリーが成立します。
つまり、
a, b ∈ L に対して、
[ab] = -[ba] となります。
このため、リー環については、左イデアルと右イデアルが同じということになります。
では、この L のイデアルについて、イデアルの積の定義を述べます。
【リー環のイデアルの積】
A, B を L のイデアルとする。
このとき、
{Σi [aibi] | ai∈A, bi∈B} を [AB] と表し、A と B のイデアルの積と定義する。
ただし、Σi [aibi] は有限和とする。
上で述べた環のイデアルの積の定義と同じ要領です。
積に括弧積の記号がついているだけなので、上で述べた議論を踏襲することができます。
そのため、リー環のイデアルの積もイデアルということになります。
通常の環のイデアルについても同じ流れの証明になるので、リー環のイデアルについて、よく包含関係について使う内容を示しておきます。
イデアルの共通部分
【命題】
A, B ⊂ L をイデアルとする。
このとき、A ∩ B は L のイデアルである。
また、A ∩ B は、A と B のどちらにも含まれている任意のイデアルを含む。
さらに、[AB] ⊂ A ∩ B である。
<証明>
x, y ∈ A ∩ B とします。
イデアルは L の線形部分空間であり、線形部分空間どうしの共通部分も線形部分空間です。
そのため、A ∩ B は L の線形部分空間となっています。
x ∈ L, y ∈ A より、
イデアルの定義から、
[xy] ∈ A となります。
また、y ∈ B でもあるので、
同様にして、[xy] ∈ B です。
即ち、[xy] ∈ A ∩ B です。
これで、A ∩ B が L のイデアルであることが分かりました。
次に、C を A と B の両方に含まれている L のイデアルとします。
c ∈ C とします。
すると、
c ∈ C ⊂ A,
c ∈ C ⊂ B です。
共通部分の定義から、
c ∈ A ∩ B です。
つまり、C ⊂ A ∩ B となっています。
これで、A ∩ B が A と B の両方に含まれるイデアルついて、包含関係に関する最大のイデアルということが確認できました。
先ほど述べたように、[AB] は L のイデアルです。
任意の a ∈A, b ∈B に対して、
b ∈ B ⊂ L より、イデアルの定義とスキューシンメトリーを使います。
[ab] = -[ba] ∈A となります。
また、a ∈ A ⊂ L より、
B が イデアルなので、
[ab] ∈ B です。
そのため、[ab] ∈ A ∩ B です。
これらのことから、
Σi [aibi] (ai∈A, bi∈B) は、A にも B にも含まれます。
よって、[AB] は A と B の両方に含まれるイデアルということになります。
A ∩ B の最大性から、
[AB] ⊂ A ∩ B ということになります。【証明完了】
それでは、これで今回の記事を終了します。
読んで頂き、ありがとうございました。