直交補空間 | わかりやすく証明を省略せずに基礎となる命題たちを示す
" 直交補空間 “は、内積の定義されている線形代数(ベクトル空間)を考えるときに基本となります。
実数体 R 上の有限次元の線形代数について、直交補空間に関する基礎的な命題たちを証明しています。
途中の証明を省略せずに、きっちりと記述しています。
そのため、長くなってしまいますが、線形代数の抽象的なベクトル空間についての理論を学習し始めた方へ向けて、ギャップなく読み進められるように解説をしています。
この記事では、<・> という記号で、有限次元の線形代数の内積を表しています。
内積の定義で、「<v, v> ≧ 0 かつ、
<v, v> = 0 となるのは v が零ベクトルであるときに限る」ということが、命題を証明するときに決めてになることもあるので、留意しておくと良いかと思います。
直交補空間 :わかりやすくする特別な基底
実数体 R 上の n 次元の線形代数 T が与えられたとき、T には n 個の元からなる基底が存在します。
T に内積が与えられているとき、グラム・シュミットの直交化法により、T には n 個の元から成る正規直交基底が存在することになります。
※ この直交化法は、内積の定義という記事の最後の方で解説をしています。
この正規直交基底を用いることで、直交補空間についての考察がわかりやすくなります。
そのため、正規直交基底の定義を述べておきます。
{t1, … , tn} という T の基底が正規直交基底とは、次が成立することです。
すなわち、
i ≠ j のとき、
<ti, tj> = 0 となり、
i = j のとき、
<ti, ti> = 1 ということです。
基底の元どうしで内積を取ると、その値がクロネッカーのデルタとなるという特別な状態になっています。
また、直交補空間を考えるときには、部分空間の定義をよく使います。
これも復習で述べておきます。
【部分空間の定義】
V を可換体 F 上の線形代数(ベクトル空間)とし、W をその部分集合とする。
次の [1], [2] を満たすとき、W を V の部分空間という。
[1] 和で閉じている
∀x, y∈W に対して、
x+y∈W となっている。[2] スカラー倍で閉じている
∀x∈W, ∀k∈F に対して、
ブログ不変部分空間より
kx∈W となっている。
部分空間 W が与えられたときに、その直交補空間を定義します。
実は、直交補空間も部分空間になっています。
こういった基本を着実に確かめるために、部分空間の定義を押さえておきました。
直交補空間の定義と記号
【定義】
V を実数体 R 上の n 次元の線形代数とし、内積が定義されているとする。
また、W を V の部分空間とする。
このとき、
{x∈V | <x, w> = 0 ∀w∈W} を W の直交補空間といい、W⊥と表す。
この直交補空間 W⊥は V の部分空間となっていることが分かります。
実際に、部分空間の定義を確かめてみます。
x, y∈W⊥ とします。
このとき、任意の w∈W に対し、
<x+y, w>
= <x, w> + <y, w>
= 0 + 0 = 0 です。
そのため、直交補空間の定義から、
x+y∈W⊥となっています。
また、k∈R とすると、
<kx, w> = k<x, w>
= k0 = 0 です。
やはり、kx∈W⊥となっています。
これで、和とスカラー倍で閉じていることが確認できたので、W⊥は V の部分空間であることが示せました。
大学の数学では、「任意の」と「存在する」ということをよく使います。
論理記号という記事で、否定と合わせて論理についての基礎的な内容を解説しています。
それでは、次に、直交補空間についての基礎的な命題を証明します。
直交補空間 :基礎的な命題
【命題1】
V を実数体 R 上の n 次元の線形代数とし、内積が定義されているとする。
また、W を V の部分空間とする。
このとき、
W ∩ W⊥ = {0} で、
W+W⊥ = V となっている。
<証明>
x∈W ∩ W⊥とします。
x∈W で、x∈W⊥だから、
直交補空間の定義より、
<x, x> = 0 です。
そのため、内積の定義から、x は V の零ベクトルに限るため、x = 0 となります。
これで、W ∩ W⊥ = {0} が示せました。
次に、
{s+t | ∀s∈W, ∀t∈W⊥}、つまり、
和空間 W+W⊥ が V と一致することを示します。
有限次元の線形代数らしい構造の考察になります。
v∈V を任意に取ります。
今、グラム-シュミットの直交化法により、W には正規直交基底が存在します。
{w1, … , wr} を W の正規直交基底とします。
各 i (1 ≦ i ≦ r) に対し、
<v, wi> = ki∈R と置くことにします。
そして、
u = k1w1+…+krwr と置きます。
u は W の基底の一次結合として表されているので、W の元です。
さらに、y = v-u と置きます。
すると、各 i に対して、
<y, wi> = <v-u, wi>
= <v, wi>
-(k1<u, w1>+…+kr<u, wr>)
= ki-ki<wi, wi>
= ki-ki = 0 です。
よって、y∈V は、W の正規直交基底を構成する全ての元との内積の値が 0 となることから、直交補空間の元であることの定義を満たしています。
すなわち、y∈W⊥ です。
u∈W だったので、
v = u+(v-u)
= u+y∈W+W⊥ となっています。
v は V から任意に取った元なので、
V = W+W⊥ 【証明完了】
この【命題1】は、直交補空間についての基礎的な内容を意味しています。
【命題1】の内容
W ∩ W⊥ = {0} で、
W+W⊥ = V となっているというのが【命題1】の結論でした。
これは、二個の部分空間の和空間が直和になっているということを示しています。
そのため、
V = W ⊕ W⊥と直和空間に分解しています。
このことから、
dim V = dim W+dim W⊥ となっています。
先ほどの命題の証明では、dim W が r として議論を進めました。
そうすると、
dim W⊥ = n-r となっているということになります。
※ 直和空間という記事で、線形代数の直和についての基礎的な内容を解説しています。
このように、W と、その直交補空間が直和になっているということを【命題1】は示しています。
直和なので、
x∈V を任意に取ると、
ある s∈W, t∈W⊥ が一意的に存在し
x = s+t と表されるということになります。
c∈R とすると、
cx = cs+ct で、
cs∈W, ct∈W⊥となっているわけです。
また、y∈V が、
s’∈W, t’∈W⊥ を用いて
y = (s’+t’) と表されているとき、
x+y = (s+s’)+(t+t’) で、
s+s’∈W, t+t’∈W⊥となっています。
ただの和空間とは違って、W とその直交補空間の直和に分解しているということは、大切になります。
ここまで、部分空間が与えられたときに、その直交補空間を考えました。
ここで、直交補空間も部分空間ということから、直交補空間のそのまた直交補空間が、どうなっているのかという自然な疑問が出てきます。
次の命題は、この疑問への答えとなる内容になります。
直交補空間 :直和の構造を利用する
【命題2】
V を実数体 R 上の n 次元の線形代数とし、内積が定義されているとする。
また、W を V の部分空間とする。
このとき、
(W⊥)⊥ = W である。
<証明>
W⊥ は V の部分空間なので、
【命題1】より、
dim (W⊥)⊥ = dim V-dim W⊥となっています。
さらに【命題1】を適用すると、
dim W⊥ = dim V-dim W です。
これらの次元についての等式を合わせると、次を得ます。
dim (W⊥)⊥
= dim V-(dim V-dim W)
= dim W です。
これは、直交補空間のそのまた直交補空間の次元は、もとの W のままということを示しています。
一方、w∈W を任意に取ると、
任意の x∈W⊥ に対して、
<x, w> = 0 です。
そのため、w∈(W⊥)⊥となっています。
すなわち、
W ⊂ (W⊥)⊥ です。
dim (W⊥)⊥ = dim W だったので、
(W⊥)⊥ = W です。【証明完了】
この【命題2】から、直交補空間のそのまた直交補空間は W のままということが分かりました。
【命題1】の内容から、直和についての次元を考えた証明となります。
単なる和空間と違って、次元が部分空間の次元に分割されているので、より強く状況を見極めることができました。
有限次元の線形代数で、内積が定義されていると、正規直交基底が役に立ちます。
そこで、正規直交基底についても、【命題1】と関連づけておきます。
基底の延長について
【命題3】
V を実数体 R 上の n 次元の線形代数とし、内積が定義されているとする。
また、W を V の部分空間とする。
そして、{w1, … wr} という W の正規直交基底に wr+1, … , wn を加えて延長し、 V の正規直交基底とする。
このとき、
{wr+1, … , wn} は W⊥ の正規直交基底となっている。
<証明>
【命題1】より、
dim W⊥ = dim V-dim W
= n-r です。
{wr+1, … , wn} で生成される V の部分空間の次元も n-r です。
r+1 ≦ j ≦ n である任意の j について、正規直交基底の定義から次が成立します。
1 ≦ k ≦ r である任意の k に対し、
<wj, wk> = 0 です。
{w1, … wr} は W の基底なので、
wj は W の任意の元との内積値が 0 ということになります。
そのため、各 j について、
wj∈W⊥ です。
W⊥ は V の部分空間より、
{wr+1, … , wn} で生成される V の部分空間は W⊥ に含まれます。
次元が同じ n-r なので、
{wr+1, … , wn} で生成される V の部分空間は W⊥ に一致しています。
つまり、
{wr+1, … , wn} は W⊥ の正規直交基底となっています。【証明完了】
V = W ⊕ W⊥と直和空間に分解していましたが、それぞれの直和因子の正規直交基底どうしでも分かれていることが【命題3】から理解できました。
次の練習問題は、どの元に対しても内積値が 0 であるということに関連して論理的に議論を進めると証明ができる内容となっています。
直交補空間 :練習問題
<証明>
x∈(W1+W2)⊥ を任意に取ります。
すると、W1⊂W1+W2 より、
x は W1 のどの元とも内積値が 0 になっています。
つまり、x∈W1⊥ です。
これより、
(W1+W2)⊥ ⊂ W1⊥ となっています。
同様にして、
(W1+W2)⊥ ⊂ W2⊥ です。
よって、
(W1+W2)⊥ ⊂ W1⊥ ∩ W2⊥ となっています。
ここから、逆向きの包含関係も示し、二つが一致していることを示します。
a∈W1⊥ ∩ W2⊥ を任意に取ります。
また、s∈W1, t∈W2 を任意に取ります。
すると、
<a, s+t> = <a, s>+<a, t>
= 0+0 = 0 です。
これは、a と和空間W1+W2 の任意の元で内積を取ると、その値が 0 ということを示しています。
つまり、a∈(W1+W2)⊥ です。
部分集合の定義から、
W1⊥ ∩ W2⊥ ⊂ (W1+W2)⊥ です。
これで、集合の相当関係から、
(W1+W2)⊥ = W1⊥ ∩ W2⊥ が示せました。【証明完了】
この練習問題から、次の系が容易に導かれます。
すぐに導かれる系
【系】
(W1∩W2)⊥ = W1⊥+W2⊥
<証明>
W1⊥と W2⊥は V の部分空間です。
そのため、
練習問題の結果より、
(W1⊥+W2⊥)⊥ = (W1⊥)⊥ ∩ (W2⊥)⊥ です。
さらに、【命題2】を適用します。
(W1⊥)⊥ ∩ (W2⊥)⊥ = W1∩W2 です。
合わせると、
(W1⊥+W2⊥)⊥ = W1∩W2 となっています。
さらに、直交補空間を考えます。
(W1∩W2)⊥ = ((W1⊥+W2⊥)⊥)⊥となっています。
再び【命題2】より、
((W1⊥+W2⊥)⊥)⊥ = W1⊥+W2⊥ です。
すなわち、
(W1∩W2)⊥ = W1⊥+W2⊥ 【証明完了】
線形代数学の内容で、直交補空間に述べました。
他にも解の自由度といった線形代数の内容の記事も投稿しています。
これで、今回のタロウ岩井の記事を終了します。
読んで頂き、ありがとうございました。