対称行列 交代行列 | 任意の正方行列は対称行列と交代行列の和

対称行列-交代行列-サムネイル

「 対称行列 交代行列 」は行列論で、基本的な事柄となります。押さえておくと、その後にちょくちょく使うので役に立つかと思います。

対称行列と交代行列は、計量ベクトル空間の内容やリー代数などで使われます。

そのため、早い段階から基礎を押さえておくと良いかと思います。

行列に関する復習に利用して頂ければ幸いです。

対称行列 交代行列 :転置行列の定義と性質

対称行列と交代行列の定義の前に、転置行列の定義を押さえます。転置行列の定義は対称行列や交代行列の定義に関わります。

それでは、転置行列の定義から説明します。


【転置行列の定義】
n 次正方行列 A = (aij) について、
転置行列を tA とすると、tA = (aji)


正方行列 A に対して、その転置行列を tA と表します。転置行列というのは、もとの行列の (i, j) 成分を (j, i)成分に配置してできる行列のことです。

行列 A で、(1, 2) 成分の a12 を (2, 1) 成分に配置します。
また、A の (2, 1) 成分 の a21 を (1, 2) 成分に配置します。

対角成分といって、(1, 1) 成分と (2, 2) 成分のように、行数と列数が同じ部分の成分は、そのまま動かさずに配置します。

こうして、はじめにあった行列 A から、tA という転置行列を作ることができます。

ちなみに、A の転置行列 tA をそのまま転置すると、A に戻ります。次に、転置行列について、よく使う内容をまとめておきます。

行列の乗法と転置をとること、行列の加法と転置をとることについて説明をします。その後で、行列をスカラー倍することと転置をとることについて説明をします。

乗法について

l × m 型行列 A と m × n 型行列 B に対して、
積 AB を転置すると、t(AB) = tBtA となります。

この等式は、AB という行列の転置行列が、tB と tA の積に等しいということです。

行列の計算が絡んでくるときに、状況に適した方を転置行列として考えて良いということなので、この性質をうまく使うことが大切になります。
※ この左辺と右辺が等しいことの証明は、やや長くなるので、このブログの最後に書いておきます。

加法とスカラー倍について

t(A + B) = tA + tB は、行列 A と行列 B の和の転置行列が、A の転置行列と B の転置行列の和に等しいという式です。

t(kA) = k tA について、この k は体の元(要素)で、スカラー倍を表しています。

スカラー倍をしてから転置行列を作ることと、転置行列を作ってからスカラー倍をすることが、同じ結果になるということです。

ここまで転置行列について、一般に成立する内容を書きました。

これらを使って、さらに議論を広げていきます。

対称行列 交代行列 :定義に転置行列が関連

正方行列 A が、tA = A となるときに、対称行列と定義されています。

これは、転置行列を作っても、はじめにあった行列と同じ行列になっているということです。

また、tA = -A となるときに、 交代行列 と定義されています。

転置をとると、すべての成分が、はじめの行列の成分の -1 倍となる行列のことです。

対称行列かつ交代行列な行列

ここで、正方行列 M が、対称行列かつ交代行列だとすると、M がどんな行列かということを書いておきます。

結論から書くと、零行列となります。

では、このことを証明します。

M の (i, j) 成分を mij と表すことにします。

仮定より、
M が対称行列なので、mij = mji となっています。

一方、M は交代行列なので、mij = -mji となっています。

両辺に -1 を掛けると、-mij = mji です。
 
移項すると、mij = mji = -mij

よって、 2mij = 0 となります。
 
すなわち、mij = 0 です。

行列 M の (i, j) 成分は 0 ということに帰結しましたので、はじめから行列 M のすべての成分は 0 だったということになります。

つまり、 正方行列 M が、対称行列かつ交代行列だとすると、M が 零行列ということが証明できました。

正方行列から対称行列を作る方法

正方行列 X が与えられたときに、
A = X + tX とおくと、A は対称行列となります。

実際に、転置行列についての一般論から証明されます。

tA = t(X + tX) = tX + t(tX) なので、転置行列のそのまた転置行列はもとの行列に戻るということを使います。

すると、
tA = tX + X = X + tX = A

よって、転置行列が、はじめの行列と同じになるということから、A は対称行列ということが証明できました。

正方行列 X が与えられたときに、
A = X + tX とおくと、A は対称行列となります。

正方行列から交代行列を作る方法

正方行列 X が与えられたときに、
B = X - tX とおくと、B は交代行列となります。

これも、転置行列についての性質から導かれます。

実際、
tB = t(X - tX)
= tX - t(tX) = tX - X

よって、
tX - X = -( X - tX ) = -B

すなわち、tB = -B となるので、B は交代行列です。

任意の正方行列を対称行列と交代行列の和で表す方法

正方行列 X が与えられたとき、
S = 1/2(X + tX),
A = 1/2(X – tX) とおきます。

転置とスカラー倍についての性質から、先ほどの証明とほぼ同様に S は対称行列で、A は交代行列であることが証明できます。

ここで、S + A を計算すると、X となります。

つまり、X = S + A と、対称行列と交代行列の和として表されることが分かります。このようにして、任意に与えられた正方行列を、対称行列 S と交代行列 A の和として表すことができます。

実は、この対称行列と交代行列の和としての表し方は、ただ 1 通りということが証明できます。このことを証明するのに、先ほど証明した「対称行列かつ交代行列である正方行列は零行列」ということを使います。

P を対称行列、Q を交代行列として、
X = P + Q となっていたとします。

そうすると、S + A = X = P + Q ということになります。

よって、S - P = Q - A

左辺の S - P は、転置をとっても S - P と等しくなるので、対称行列です。

右辺の Q - A は、転置をとると -(Q - A) となるので、交代行列です。

左辺と右辺が等しいということは、対称行列であり、交代行列でもあるということです。

したがって、S - P と Q - A は零行列ということになります。

すなわち、S = P であり、A = Q ということです。

ゆえに、X を対称行列と交代行列の和として表す方法は、S + A のみということになります。

次に、転置と乗法についての定理を証明します。シグマ記号を使った行列の乗法を定義に基づいて考えることが重要になります。

m × l 型の A=( aij ),
l × n 型の B=( bij ) について、
これら二つの行列の乗法の計算結果である行列は、
m × n 型の行列となります。

AB の (i, j) 成分は、Σ aikbkj です。
(添え字 k が 1 から n まで動きます。)

自然数 k に応じて aikbkj という項が一つ現れます。これらの項をすべて足し合わせると、(i, j) 成分の値となります。

乗法と転置の定義に基づいて、議論を進めます。

対称行列 交代行列 :乗法と転置についての等式の証明

l × m 型行列 A と m × n 型行列 B に対して、t(AB) = tBtA となることの証明です。

この左辺と右辺は、どちらも n × l 型の行列なので、サイズが同じということになります。ですので、それぞれの成分の値が一致していることを示せば良いということになります。

A = (aij), B = (bjk) として、左辺と右辺の成分の値が一致していることを確かめます。

t(AB) の (k, i) 成分が、tBtA の (k, i) 成分と等しいということを示します。

t(AB) の (k, i) 成分は、転置行列の定義から、(AB) の (i, k) 成分と等しいことになります。

また、tB の (k, j) 成分を b'kj とおき、tA の (j, i) 成分を a'ji とおくと、 tBtA の (k, i) 成分は、次のようになります。
 
t(AB) の (k, j) 成分: Σjaijbjk
(j は 1 から m まで走ります。)

tBtA の (k, i) 成分: Σjb’kja’ji
(j は 1 から m まで走ります。)

ここで、tB の (k, j) 成分は B の (j, k) 成分と同じなので、
b'kj = bjk です。

また、tA の (j, i) 成分は A の (i, j) 成分と同じなので、
a'ji = aij です。

したがって、tBtA の (k, i) 成分は、次のように書き換えることができます。

Σjb’kja’ji = Σjbjkaij = Σjaijbjk
(j は 1 から m まで動きます。)

これで、t(AB) の (k, i) 成分が、tBtA の (k, i) 成分と等しいということを示せました。

なお、この i と k によらずに一致することから、どの成分についても一致していることになります。

使われた文字に依らず

今、i と k を特にどの成分であるかを指定せずに一つの議論を完成させました。

ですので、 t(AB) の (k, i) 成分として、どの成分をとってきても、全く同じ議論(アルゴリズム)を繰り返すことで、 tBtA の (k, i) 成分と等しいという結論に着地します。

t(AB) は n × l 型ですから、k に 1 以上 n 以下の自然数をどのように代入し、i に 1 以上 l 以下の自然数をどのように代入しても、同じアルゴリズムで tBtA の同じ成分と一致するということが示されるということになります。

次に使う記号ですが、行列 X について、各成分の共役複素数をとった後に転置をしてできる行列を X* と表すことにします。X の随伴行列といいます。

また、複素数 α については、その共役複素数を f(α) と複素関数的に表すことにします。

実数なのか虚数なのか

【定理】

n 次の対称行列 A について、A の固有値は実数である。


この証明をするにあたって、複素数 c を成分とする 1 行 1 列の行列 (c) を、複素数 c と同一視して議論をしています。

この同一視の考え方については、
inclusion(埋め込み)というブログで同型対応について解説をしています。

対称行列-交代行列-同一視

以下の証明では、内積 <a, a> を ||a||2 と同一視して議論を進めています。

<証明>

実数を成分とする行列 A の固有値 を α とし、α についての固有ベクトルを x とします。
※ x は n 行 1 列の列ベクトルで、零行列ではありません。

固有ベクトル x について、Ax = αx

両辺に x の随伴 x* を左から掛けると、
x*Ax = x*αx = αx*x となります。

ここで、x*x = ||x||2 となります。
※ ||x|| はノルム(norm)といって、x と x の内積にルートをつけたものになります。これについて、詳しくはリンク先のブログ記事で解説しています。
 
よって、x*Ax = α||x||2 … (1)

Ax = αx から、さらに次のように (2) を導きます。

(Ax)* = (αx)* について、
複素共役をとってから転置するので、
x*A* = f(α)x* となります。
(f(α) は、α の共役複素数です。)

右から x を掛けると、x*A*x = f(α)x*x

すなわち
x*A*x = f(α)|| x ||2 … (2)

(1) - (2) より、
(α - f(α))|| x ||2 = 0

固有ベクトルは零ベクトルではないので、
|| x || ≠ 0 だから、α = f(α)

複素共役をとっても、もとの α と等しいことから、α は実数です。【証明完了】

【補足説明】
証明の中で、||x|| が 0 ではないということを使いました。

x = (xk) という n 行 1 列の列ベクトルが固有値なので零行列ではないので、ある自然数 k について xk が 0 ではない数ということになります。

そのため、x と x で内積をとったとき、
|a1|2 + … + |xk|2 + … + |xn|2 は xk が 0 ではないので ||x|| は 0 ではないということになります。

ちなみに、実交代行列についても、同じ要領で証明できる定理があります。

実交代行列 B については、随伴をとると、B* = - B となります。
先ほどの対称行列 A のときは、A* = A でした。

この少しのちがいのために、少し結果に変化が出てきます。


【定理】

n 次の交代行列の固有値は、0 または純虚数です。


<証明>

実交代行列 B の固有値をβ とし、β についての固有ベクトルを y とします。

β = a + bi (a, b は実数で、i は虚数単位) と置いておきます。先ほどと同じ要領で議論を進めます。

By = βy より、
y*By = βy*y
= β || y ||2 … (1)

By = βy の両辺の随伴をとると、
y*B* = -y*B = f(β)y*

右から y を掛けると、
中辺と右辺について、
-y*By = f(β)y*y = f(β)|| y ||2 … (2)

(1) + (2) より、
0 = (β + f(β))|| y ||2 です。

|| y || ≠ 0 より、β = -f(β)

β は共役複素数をとり、-1 倍したものと等しくなりました。
そのため、a + bi = -a + bi

よって、2a = 0 より、a = 0 となります。

複素数 β の実部が 0 ということが導かれました。

そのため、b が 0 のときは、β = 0 です。
b ≠ 0 のときは、β は純虚数です。
 
以上より、固有値 β は 0 または純虚数ということが示せました。【証明完了】


【参考:ベクトル空間論について】
今回のブログでは、行列論でよく使う内容を扱いました。

線形代数学を学習するときに、ベクトル空間の公理(定義)を満たすものについて成立する定理も大切になるかと思います。


また、行列論の内容で、
トレース (trace) についての記事も投稿しています。

いろいろな分野で使われる線形代数ですが、できそうなところから始めて徐々に理解を広げていくと、そのうち、入門的な内容を通り切れるかと思います。

これで、今回のブログ記事を終了します。

読んで頂き、ありがとうございました。