双対空間 | n次元の線形代数Vの双対空間も線形代数であり、その次元はn次元である
" 双対空間 “もまた線形代数となっています。有限次元の線形代数の双対空間の次元も、どうなるか知られています。
双対空間について、よく知られた命題は、証明が省略されることが多いです。例えば、双対空間もまた線形代数であるということの証明が省略されるなど。
しかし、線形代数の学習から、テンソル代数などへと学習を進めていこうとするときに、「明らかに成立する」という内容を、正確に把握しておくことは、遠回りのようで、理解の近道になります。
双対空間が、本当に線形代数の公理を満たすのかということを確かめることから解説します。
双対空間 :定義に基づいて
V ≠ {0V} を体 K 上の n 次元の線形代数(ベクトル空間)とします。
体 K 自身、体 K 上の 1 次元の線形代数と考えることができます。
K×K → K という体 K から K へのスカラー倍を、次のように定義します。
(k, x)∈K×K に対して、
kx は体 K において既に定義されている乗法の値と定義します。
これで、K から K へのスカラー倍が定義されました。K において既に定義されている加法を、線形代数としての加法と考えます。
すると、加法とスカラー倍について、K は K 上の線形代数となります。
1∈K を K における乗法単位元とすると、
{1} が 線形代数としての基底となります。
※ 零環 {0} を体とは考えないという立場のもと、
0 ≠ 1 としているので、{1} は K 上の一次独立系です。
よって、V も K も、体 K 上の線形代数となっています。
dimV = n, dimK = 1 です。
ここで、Hom(V, K) を V から K への線形写像全体とします。
この Hom(V, K) が、V の双対空間なのですが、本当に線形代数の定義を満たしているのかということを確認しておくことで、基礎的な理論の理解が深まるかと思います。
なぞ空集合ではないのか
Hom(V, K) が空集合ではないことを示します。線形代数かどうかの前に、空集合ではないということを示しておきます。
線形写像の定義を復習に述べておきます。
【線形写像の定義】
体 K 上の線形代数を V と W とし、
f:V → W とする。
このとき、次の [1]と[2]を満たすとき、f を V から W への線形写像という。
[1] 任意の x, y∈V に対して、
f(x+y) = f(x)+f(y)
[2] 任意の x∈V, k∈K に対して、
f(kx) = kf(x)
この線形写像の定義を満たす V から K への写像が、少なくとも一つは存在するということを示すと、Hom(V, K) が空集合ではないことを示したことになります。
結論を先に述べますと、零写像が V から K への線形写像となります。
x∈V に対して、常に 0∈K を対応させる写像が零写像です。
x, y∈V に対して、
x+y∈V なので、x+y に 0∈K を対応させます。
x → 0, y → 0 で、0+0 = 0 だから、
線形写像の定義 [1] を満たしています。
x∈V, k∈K についても、
kx∈V なので、kx → 0 です。
x → 0 と対応させてから、k でスカラー倍をすると、K から K へのスカラー倍は、K における乗法だったので、k0 は 0 です。
そのため、[2] も満たしています。
これで、零写像が V から K への線形写像ということが示せたので、零写像が Hom(V, K) の元となっています。
少なくとも一つは元を含んでいるため、
Hom(V, K) が空集合ではないということになります。
この零写像ですが、記号が紛らわしいので、0写 と表すことにします。
先ほど、
0写(x+y) = 0 = 0写(x)+0写(y),
0写(kx) = 0 = k0写(x) を確認しました。
(ただし、x, y∈V, k∈K)
次に、Hom(V, K) における加法とスカラー倍を定義します。
Hom(V,K)の加法とスカラー倍
f, g∈Hom(V, K) に対して、加法とスカラー倍を次のように定義します。
任意の x∈V に対して、
(f+g)(x) = f(x)+g(x),
任意の x∈V, k∈K に対して、
(kf)(x) = kf(x) と定義します。
f+g, kf が、どちらも V から K への線形写像となっていることを示すと、
Hom(V, K)×Hom(V, K) → Hom(V, K) という二項演算であり、
K×Hom(V, K) → Hom(V, K) への作用ということになります。
では、f+g から、線形写像の定義を満たすことを確かめます。
任意の x, y∈V に対して、
f+g の定義から、
(f+g)(x+y) = f(x+y)+g(x+y) です。
f, g は線形写像なので、
f(x+y) = f(x)+f(y),
g(x+y) = g(x)+g(y) です。
よって、
(f+g)(x+y) = f(x)+f(y)+g(x)+g(y)
= f(x)+g(x)+f(y)+g(y)
= (f+g)(x)+(f+g)(y)
これで、f+g が V における加法を保存することが示せました。次は、スカラー倍を保存することを示します。
任意に x∈V と r∈K を取ります。
(f+g)(rx) = f(rx)+g(rx)
= rf(x)+rg(x)
= r(f(x)+g(x)) = r(f+g)(x)
これで、f+g が V から K への線形写像ということが示せました。
そのため、f, g∈Hom(V, K) に対して、
f+g∈Hom(V, K) となっています。
kf についても、同じ要領で線形写像となっていることが示せます。
(kf)(x+y) = k(f(x+y))
= k(f(x)+f(y))
= kf(x)+kf(y) = (kf)(x)+(kf)(y)
また、スカラー倍の保存についても、
(kf)(rx) = k(f(rx))
= k(rf(x)) = (kr)f(x) = (rk)f(x)
= r(kf(x)) = r((kf)(x))
これで、kf も線形写像ということが示せました。
f∈Hom(V, K), k∈K に対して、
kf∈Hom(V, K) となっています。
この二項演算と K からの作用について、線形代数の公理(ベクトル空間の公理)を満たすことを確認します。
結合律や交換律を確認するときに、二つの写像が等しいことの定義を確認するので、集合論入門で学習した基本を着実に使いこなすことが大切になります。
双対空間 :線形代数の定義を確認
二つの写像が等しいことの定義は、始集合の各元に対して、対応させている終集合の元が一致しているということです。
f, g∈Hom(V, K) について、f と g はどちらも始集合 V、終集合 K の写像です。
そのため、f と g が等しいかどうかは、各 x∈V について、f(x) と g(x) が同じ K の元となっているかによって判断します。
零写像 0写∈Hom(V, K) でした。この零写像が、先ほど定義した二項演算について、単位元となっていることが分かります。
任意の f∈Hom(V, K) について、
f+0写 = f となることを示します。
任意に x∈V を取ると、
(f+0写)(x) = f(x)+0写(x)
= f(x)+0 = f(x)
よって、二つの写像が等しいことの定義から、
f+0写 = f です。
同様にして、0写+f = f となっています。
これで、0写 が、Hom(V, K) の零元であることが示せました。
結合と交換の確認
f, g, h∈Hom(V, K) について、結合律が成立することを確認します。
任意に x∈V を取ります。
((f+g)+h)(x) = (f+g)(x)+h(x)
= (f(x)+g(x))+h(x)
= f(x)+(g(x)+h(x))
= f(x)+(g+h)(x)
= (f+(g+h))(x)
よって、
(f+g)+h = f+(g+h) が示せました。
次に、交換律を確認します。
(f+g)(x) = f(x)+g(x)
= g(x)+f(x) = (g+f)(x)
よって、f+g = g+f が示せました。
結合律も交換律も、K が K 上のベクトル空間となっていること(体の定義)が効いています。そのことに、写像の相当関係の定義を合わせて、上のように示しました。
次に加法的逆元の存在を示します。
f∈Hom(V, K) に対して、1∈K の加法的逆元 -1 を作用させた -f が逆元となります。
零元が 0写 ということに注意して、本当に逆元となっているのかを確認します。
任意の x∈V について、
K からの作用の定義から、
(-f)(x) = (-1)f(x) です。
よって、
(f+(-f))(x) = f(x)+(-f)(x)
= 1f(x)+(-1)f(x)
= (1+(-1))f(x)
= 0f(x) = 0 = 0写(x)
つまり、f-f = 0写 なので、
f の加法的逆元は -f です。
ここまでで、Hom(V, K) が加法群であることが示せました。後は、スカラー倍についての線形代数の公理を確認することになります。
スカラー倍についての条件を確認
a, b∈K と f∈Hom(V, K) について、
(ab)f = a(bf) となることを確認します。
任意の x∈V について、
((ab)f)(x) = (ab)f(x)
= a(bf(x)) = a((bf)(x))
= (a(bf))(x)
これで、(ab)f = a(bf) が示せました。
K から K への作用を、K における乗法で定義していたので、これは K における乗法が体(環)の定義から結合律を満たすことから、自明でした。
a, b, f(x)∈K なので、
K における乗法の結合律から、
(ab)f(x) = a(bf(x)) です。
また、1∈K, f∈Hom(V, K) について、
x∈V に対して、
(1f)(x) = 1f(x) = f(x) より、
1f = f となっています。
これも、1 が K の乗法単位元なので、自明でした。
もう一つ自明なのが、体 K における分配律についての内容です。
a, b∈K, f∈Hom(V, K) に対して、
x∈V とすると、
((a+b)f)(x) = (a+b)f(x)
= a(f(x))+b(f(x))
= (af)(x)+(bf)(x)
= (af+bf)(x)
よって、(a+b)f = af+bf
この K における分配律と、Hom(V, K) における加法の定義から、残りの一つの条件が導かれます。
c∈K, f,g ∈Hom(V, K) について、
x∈V とすると、
(c(f+g))(x) = c((f+g)(x))
= c(f(x)+g(x))
= c(f(x))+c(g(x))
= (cf)(x)+(cg)(x)
= (cf+cg)(x)
よって、c(f+g) = cf+cg です。
これで、Hom(V, K) が線形代数の公理の条件を全て満たすことが確認できました。
この Hom(V, K) という線形代数(ベクトル空間)のことを、体 K 上のベクトル空間 V の双対空間といいます。
英語でいうと、dual vector space です。
ここからは、双対空間の次元について解説をします。
双対空間 :Hom(V,K)の次元
抽象的な線形代数の一般論を学習した方にとっては、次元は見えたかと思います。
V ≠ {0V} を体 K 上の n 次元の線形代数としていました。
そして、Hom(V, K) は、V から体 K 上の 1 次元の線形代数である K への線形写像全体でした。
f∈Hom(V, K) は、行列表示をすると、K の元を成分とする 1 行 n 列の行列となります。
K の元を成分とする 1 行 n 列の行列全体は、行列の加法と、体 K から行列へのスカラー倍について、線形代数となっています。
その次元は、1 × n = n 次元です。
そのため、線形同型である Hom(V, K) の次元も n 次元ということになります。
これで、双対空間の次元が分かったのですが、双対底のことを考え、より詳しく解説を進めます。
1行n列の行列
体 K を n 個で直積集合をつくると、体 K 上の n 次元の線形代数となります。
これを Kn と表すことにします。
k1, … , kn∈K について、
(k1, … , kn) という 1 行 n 列の K の元を成分とする行ベクトルが Kn です。
実は、Hom(V, K) は、Kn と体 K 上の線形代数として同型になっています。
{v1, … , vn} を V の基底とします。
任意の (k1, … , kn)∈Kn に対して、
f(vi) = ki となる f∈Hom(V, K) が存在することを確かめます。
すると、任意の x∈V は、
x = s1v1+…+snvn(ただし、各 si∈K)と一意的に表されます。
そこで、
f(x) = k1s1+…+knsn と定義します。
この f が、V から K への線形写像となっていることを確かめます。
y∈V も任意に取ると、
y = t1v1+…+tnvn と一意的に表されます。
f の定義から、
f(y) = k1t1+…+kntn です。
そのため、
f(x)+f(y) = k1(s1+t1)+…+kn(sn+tn)
一方、x+y∈V について、
x+y = (s1+t1)v1+…+(sn+tn)vn です。
基底の一次結合による表し方は一意的なので、f の定義から、f(x+y) は次のようになります。
f(x+y) = k1(s1+t1)+…+kn(sn+tn)
よって、f(x)+f(y) = f(x+y) です。
また、u∈K とすると、
ux = (us1)v1+…+(usn)vn です。
そのため、
f(ux) = k1(us1)+…+kn(usn)
= u(k1s1+…+knsn) = uf(x)
よって、f(ux) = uf(x) も示せたので、f は線形写像です。
したがって、f∈Hom(V, K) となっています。
以上から、任意の (k1, … , kn)∈Kn に対して、f という双対空間の元を対応させることができることが分かりました。
この対応を φ:Kn → Hom(V, K) とします。
φ が単射であることを確かめます。
(k1, … , kn), (h1, … , hn)∈Kn について、
φ(k1, … , kn) = φ(h1, … , hn) だったとします。
φ(k1, … , kn) を f, φ(h1, … , hn) = g と置きます。
x∈V について、
x = s1v1+…+snvn(ただし、各 si∈K)とすると、
f = g なので、f(x) = g(x) となります。
特に、各 vi∈V について、
f(vi) = g(vi) です。
vi = 0v1+…+1vi+…+0vn なので、
ki = ki1 = f(vi)
= g(vi) = hi1 = hi です。
この i として、1 から n まで同じ議論を繰り返すと、
k1 = h1, … , kn = hn となります。
よって、
(k1, … , kn) = (h1, … , hn) です。
これは、φ が単射であることを示しています。
※ 単射や全射については、全単射という記事で基礎から詳しく解説をしています。
次に φ が全射であることを示します。
σ∈Hom(V, K) を任意に取ります。
このとき、V の各基底について、
σ(vi)∈K です。
そのため、
(σ(v1),…,σ(vn))∈Kn です。
φ((σ(v1),…,σ(vn))) = f と置きます。
φ の定義から、
x = s1v1+…+snvn(ただし、各 si∈K)に対して、
f(x) = σ(v1)s1+…+σ(vn)sn です。
各 vi について、
vi を {v1, … , vn} の一次結合で表すと、
si = 1, 他の sj = 0 となっているので、
f(vi) = σ(vi)1 = σ(vi)
f と σ は、ともに V から K への線形写像であり、基底を構成する各元について、その対応する像が一致しています。
よって、f = σ です。
つまり、
φ((σ(v1),…,σ(vn))) = σ となり、φ が全射であることが示せました。
さらに、この φ が線形写像であることを示します。
そうすると、Hom(V, K) と Kn が線形同型となり、Kn の次元が n なので、双対空間の次元も n ということが分かります。
線形同型写像である確認
(k1, … , kn)∈Kn, c∈K とします。
このとき、
φ(c(k1, … , kn)) = cφ((k1, … , kn)) となることを示します。
V の基底を構成する各 vi について、その像が一致していることを示せば、二つの線形写像が等しいということになります。
φ((k1, … , kn)(vi)
= ki1 = ki です。
そのため、
cφ((k1, … , kn)(vi) = cki です。
c(k1, … , kn) = (ck1, … , ckn) より、
φ(c(k1, … , kn))(vi)
= (cki)1 = cki
= cφ((k1, … , kn)(vi)
基底を構成する各元について、対応させている像が一致しています。
よって、
φ(c(k1, … , kn)) = cφ((k1, … , kn)) が示せました。
次に φ が和を保存することを確認します。
(k1, … , kn), (h1, … , hn)∈Kn について、
(k1, … , kn)+(h1, … , hn)
= (k1+h1, … , kn+hn) です。
よって、
φ((k1, … , kn)+(h1, … , hn))
= φ((k1, … , kn))+φ((h1, … , hn)) が示せました。
これで、φ は線形写像であり、全単射であることが示せました。
そのため、Hom(V, K) は Kn と線形同型です。
ここまで、ベクトル空間 V の双対空間 hom(V, K) もベクトル空間ということを述べてきました。
回帰的な操作という観点については、双対基底という記事で説明をしています。
これで、今回の記事を終了します。
読んで頂き、ありがとうございました。