ツォルンの補題 – 使い方 | 線形空間の基底の存在証明
" ツォルンの補題 – 使い方"を意識して、線形空間の基底の存在を証明します。
また、一つの線形空間における基底の濃度は一定であることを、基底が無限集合の場合について証明しています。
体の零元ではない元が乗法逆元をもつことが決め手です。
無限個の生成元の一次結合に慣れるための良い練習になる内容かと思います。
このブログ記事では、体 K 上の線形空間(ベクトル空間)を V とし、V が無限次元の場合を想定しています。
まず、無限個の元から成る部分集合で生成される部分空間について説明をしてから、基底の存在を証明を行います。
有限個の元の和という発想に触れる良い機会になるかと思います。
基底の存在証明の内容は、環や加群の入門的な内容を学習していく上で、良い経験になります。
ツォルンの補題の使い方は、補題の内容の結論以外の条件を満たすことを確認するというシンプルなものです。
しかし、補題を使うときに、扱う分野に特有の内容が絡むことがあるので、そちらの方への理解を押さえた上で、補題の使用に集中したいところです。
ツォルンの補題 :その前に無限個の生成元を理解
体 K 上の線形空間 V の空ではない部分集合を S とします。
この S に含まれている元の個数が無限個のとき、S によって生成される V の部分空間の定義を押さえることが大切になります。
S から有限個の元を任意にとり、それらの一次結合で表される V の元を全て集めます。こうしてできた V の部分空間が、S によって生成される部分空間です。
記号で表すと、次のような S から取った有限個の元の一次結合全体ということになります。
Σx∈Sksx (ks ∈ K)
ただし、有限個を除いて ks は 0 (体 K の零元) です。
※ 無限級数ではなく、有限和となっています。
このような有限和全体が、S によって生成される V の部分空間で、<S> と表すことにします。
和とスカラー倍で閉じていることを確認します。
部分空間であることの証明
<S>が部分空間となっていることを確認します。
<S> から、任意に二つの元を取ると、次のような形になっています。
Σx∈Sasx, Σx∈Sbsx (as, bs ∈ K)
ただし、as, bs は有限個を除いて 0 とします。
これらの和も有限和となっていることを示せば、<S>が和で閉じていることを示したことになります。
Σx∈Sasx + Σx∈Sbsx = Σx∈S(as+bs)x
as, bs は有限個を除いて 0 だったので、
as + bs も有限個を除いて 0 となっているため、有限和です。
これで、和で閉じていることが確認できました。
スカラー倍で閉じていることは、ベクトル空間の公理から、すぐに導けれます。
as は有限個を除いて 0 なので、
任意の c ∈ K に対して、
c(Σx∈Sasx) = Σx∈S(cas)x
as は有限個を除いて 0 なので、
cas も有限個を除いて 0 だから、有限和です。
このため、Σx∈S(cas)x は<S>の元です。
これで、無限個の元から成る部分集合 S で生成された<S>が、V の部分空間となっていることが証明できました。
ちなみに、S による任意の一次結合で V の零元を表す表し方が自明な表し方しかないとき、部分集合 S が一次独立であるといいます。
※ 自明な一次結合とは、スカラー倍の部分が全て 0 となっている一次結合のことです。
無限集合 S の一次結合である有限和が分かれば、一次独立の定義は、有限次元で学習したときと同じ要領で理解できます。
一次独立の否定が一次従属です。
そのため、S による自明でない一次結合で V の零元を表す表し方が一つでもあれば、S は一次従属ということになります。
ここまでの内容を踏まえて、基底の存在証明を行います。
選択公理の内容を集合論の入門で学習するときに出てくる、Zornの補題を使います。
任意の全順序部分集合系が上に有界であれば、極大元が存在するというタイプの Zorn の補題を使います。
どのような部分集合系に包含関係で順序を定義するのかに注目します。
ツォルンの補題 – 使い方 :基底の存在証明
【定理1】
体 K 上の線形空間を V とする。
ただし、V ≠ {0} とする。
このとき、V には基底が存在する。
<証明>
V ≠ {0} なので、V には 0 でない元 x が存在します。
{x} という一点集合は、一次独立です。そのため、V には一次独立な部分集合が少なくとも一つは存在します。
そこで、S を V の一次独立な部分集合全体とします。そして、包含関係によって、S を半順序が定義された集合系と考えます。
T ⊂ S を任意の全順序部分集合系とします。
T に含まれている V の部分集合たち全てで和集合をとったものを ∪T と表すことにします。
この ∪T が T の S における上界となっていることを示せば、Zorn の補題から、S に極大元が存在することになります。
T の任意の元である V の部分集合は、和集合の定義から、
∪T に含まれているので、
∪T が一次独立であることを示せば良いという状況です。
s1, … , sn ∈ ∪T の一次結合で、V の零元 0 が表せたとします。
つまり、
k1s1+…+knsn = 0 (ki ∈ K)
ここで、和集合の定義から、
各 i (i = 1, … , n) について、
Wi ∈ T が存在して、si ∈ Wi
T は全順序部分集合系だったので、
1 ≦ i ≦ n について、包含関係について次のような Wj が存在します。
j は 1 から n までのどれかの自然数で、
任意の i (i = 1, … , n) に対して、Wi ⊂ Wj
よって、
s1, … , sn ∈ Wj であり、Wj は S の元なので、一次独立な V の部分集合です。
そのため、k1 = … = kn = 0
したがって、∪T の一次結合で V の零元を表す表し方が、自明なものしかないことが示せました。
そのため、Zorn の補題から S には包含関係についての極大元 S0 が存在します。この S0 が V における極大な一次独立である部分集合です。
後は、S0 が生成する V の部分空間が、全体 V に一致することを示せば、S0 が V の基底であるということになります。
全体を生成することの証明
<S0>を S0 で生成される V の部分空間とします。
ここで、<S0> ≠ V だと仮定して矛盾を導きます。
<S0> ≠ V より、<S0> に含まれていない V の元 y が存在します。
今、S0 ⊂ S0 ∪ {y} となっています。
y は S0 の元ではないので、
S0 ∪ {y} が一次独立だとすると、S0 の極大性に反します。
そのため、S0 ∪ {y} が一次従属ということになります。
S0 から有限個の元を取ると、それらは一次独立で、y のみだと一次独立ということから、
s1, … , sn ∈ S0 が存在して、
y, s1, … , sn が一次従属ということになります。
(ただし、n は、ある自然数です)
一次従属なので、自明ではない一次結合で V の零元を表すことができるので、
ある k, k1, … , kn ∈ K が存在して、
k, k1, … , kn のうち少なくとも一つは 0 でなく、
ky+k1s1+…+knsn = 0 … ★
もし、k = 0 だとすると、
s1, … , sn ∈ S0 は一次独立なので、
k1= … = kn = 0 となってしまい、
k, k1, … , kn のうち少なくとも一つは 0 でないことに反してしまいます。
そのため、k ≠ 0 となります。
すると、体 K の 0 でない元には乗法逆元が存在するため、
★より、
y = (k-1k)y =
(-k-1k1)s1+…+(-k-1kn)sn
よって、y が s1, … , sn の一次結合で表されています。
これは、y が <S0>に含まれているということになり、y が<S0>に含まれていなかったことに矛盾です。
以上より、
背理法から、<S0> = V
これで、S0 が V の一次独立な部分集合であり、S0 が V を生成していることも示せました。そのため、この S0 が V の基底です。【証明完了】
ちなみに、V = {0} だと、0 のみは一次独立にならないので、零元のみからの線形空間については、空集合を基底だと定義します。
もしくは、零元のみの線形空間については基底を定義しないということもあります。
一つの線形空間について、基底が有限個の元から成るときに、基底を構成している元の個数は一定であることを有限次元線形空間について学習します。
このブログ記事では、V の基底が無限集合であったときに、V の基底の濃度が一定であることを証明します。
ツォルンの補題 – 関係無し :基底の濃度は一定
【定理2】
体 K 上の線形空間を V とする。
V の基底を {ai}i∈I , {bj}j∈J とし、J が無限集合とする。
このとき、I と J の濃度は一致する。
I や J などの集合の濃度を、
それぞれ | I |, | J | のように表すことにします。
<証明>
基底の定義から、各 i ∈ I に対して、J の有限部分集合 J(i) が存在して、
j ∈ J(i) たちを用いて
ai = Σj∈J(i) xjbj と一次結合で一意的に表すことができます。
各 i について、この一次結合で用いた添数集合 J(i) たちすべてで和集合をとります。
∪i∈IJ(i) が、その和集合です。
もし、この和集合が、J と一致していなければ、t ∈ J - ∪i∈IJ(i) が存在します。
基底 {ai}i∈I の一次結合で {bj}j∈J のどの元も表すことができます。
そのため、bt が ∪i∈IJ(i) に含まれる有限個の添え字を用いた {bj}j∈J の元たちの一次結合で表されることになります。
これは、{bj}j∈J が一次独立であることに反します。
そのため、J = ∪i∈IJ(i) でなければなりません。
よって、| I | も無限ということになります。
また、各 i ∈ I について、J(i) は有限集合だったので、| k | = maxi∈I| J(i) | と置くことにします。
自然数全体を N とすると、有限集合の濃度は、| N | 以下なので、| k | ≦ | N |
すると、次の濃度についての順序が分かります。
今度は、{bj}j∈J の各元を {ai}i∈I の一次結合で表し、同様の議論をすると、
| I | ≦ | J | が得られます。
よって、ベルンシュタインの定理から、
| I | = | J | となります。【証明完了】
濃度の演算について、一般に成立することを用いました。
J = ∪i∈IJ(i) でなければならないことを一次独立性から示すところは、有限次元の基底のときと同じ発想です。
ただ、無限集合なので、可算無限の | N | と、無限集合 I の濃度 | I | について、
| I | | N | = | I | となったりすることは、無限集合の濃度だからです。
基底が有限集合のときには、無限集合の今回の濃度算と同じようにいかないところがあります。
そこで、一次独立系の濃度が必ず有限にしかならないベクトル空間についての議論も述べておきます。
有限のときについて
ここから、有限次元ベクトル空間の基底を構成するベクトルの個数は一定ということを説明します。
直交化法によって、正規直交基底を求める方法を得ましたが、より基本となる理論部分の解説になります。
そのために、まず補充定理もしくは基底の延長定理と呼ばれたりする有限次元ならではの基底の求め方を説明します。
V を体 K 上のベクトル空間とし、W を V の部分空間とします。W 自身を体 K 上のベクトル空間と考えられます。
{w1, … , wm} を W の基底とします。
W が V に一致していないとき、W に含まれていない V の元 v1 が存在します。
この v1 は、w1, … , wm の一次結合で表すことができません。
w1 から wm の一次結合で表される元は、W の元だからです。
v1 は W の元ではないので、そのようなことは起きないということです。
このことから、w1, … , wm, v1 は一次独立ということになります。
<理由>
k1w1 + … + kmwm + km+1v1 = 0 とします。
もし、km+1 ≠ 0 だとすると、次にように矛盾を引き起こしてしまいます。
km+1 ≠ 0 より、体 K における km+1 の逆元 km+1-1 が存在します。
k1w1 + … + kmwm + km+1v1 = 0 の両辺を km+1-1 でスカラー倍すると、
k1km+1-1w1+ … + kmkm+1-1wm + v1 = 0 となります。
移項すると、
v1 = k1km+1-1w1– … – kmkm+1-1wm
∈ W
これは、v1 が W の元でないことに矛盾します。
よって、背理法から、km+1 = 0 となります。
ゆえに、k1w1 + … + kmwm = 0
{w1, … , wm} は W の基底だったので、一次独立だから、k1 = … = km = 0
これで、すべてのスカラー倍の部分が 0 ∈ K となったので、一次独立であることが示せました。
ここから、再帰性のことを考えます。
{w1, … , wm, v1} で生成される部分空間を W(1) と表すことにします。
W(1) が全体 V と一致していないとき、W(1) に含まれていない V の元 v2 が存在します。
このように、再び始めの設定が繰り返されることになります。
同じ要領で、w1, … , wm, v1, v2 が一次独立ということが証明され、これらで生成される部分空間を W(2) とします。
W(2) が V に一致していなければ、また、W(2) に含まれていない V の元 v3 が存在します。そして、同様の操作で W(3) という部分空間を作ります。
この操作を繰り返します。
V が有限次元ベクトル空間のときは、基底を構成するベクトルの個数である次元が一定なので、有限回の操作の末に、生成される部分空間が V に一致します。
V が無限次元のときは、際限がなく、この操作は永遠に続いて終わりません。
そのため先ほど無限次元のベクトル空間の基底の存在を Zornの補題を使って証明しました。
定理の形にまとめておきます。
【補充定理】
V を体 K 上の有限次元ベクトル空間とします。
W を V に一致しない部分空間とし、{w1, … , wm} を W の基底とします。
このとき、いくつかの V の元を W の基底に補充して、V の基底を構成できます。
これで、有限次元ベクトル空間の基底を構成する方法が得られました。実は、ベクトル空間の基底は一つとは限りません。
しかし、どのように基底を取っても、その基底を構成するベクトルの個数が一定です。
次元を定義できる理由
【定理】
体 K 上のベクトル空間の基底を、
S = {a1, … , as}, T = {b1, … bt} とする。
このとき、s = t となる。
<証明>
T の中には、{a2, … , as} の一次結合で表すことができないベクトルが少なくとも 1 つ存在します。
なぜならば、T のすべてのベクトルが {a2, … , as} の一次結合で表すことができたとすると、矛盾が起きるためです。
T の一次結合で、S のどのベクトルも表せるので、 {a2, … , as} の一次結合で表すことができてしまうことになります。
これは、a1, a2, … , as が一次独立なことに矛盾します。
よって、{a2, … , as} の一次結合で表すことができない T のベクトルを 1 つ取り、それを x1' とおきます。
そうすると、
{x1' , a2, … , as} は一次独立です。
x1' は 基底 {a1, a2, … , as} の一次結合で表せるので、それを次だとします。
x1' = k1a1 + k2a2 + … + ksas
k1 = 0 とすると、x1' が {a2, … , as} の一次結合で表せてしまうことになるので、k1 ≠ 0 です。k1 の 体 K における乗法逆元を k1-1 で両辺をスカラー倍させ、移項をすると、
a1 =
k1-1x1+(-k1-1k2)a2+…+(-k1-1ks)as となります。
これは、{a1, a2, … , as} のどのベクトルも、 {x1' , a2, … , as} の一次結合で表せるということを意味します。そのため、V のどのベクトルも
{x1' , a2, … , as} の一次結合で表せるということになり、{x1' , a2, … , as} は V の基底となります。
これと同様の操作を
基底 {x1' , a2, … , as} と T について施し、a2 を T のベクトル x2' と取り替えます。
※ x1', a3, … , as の一次結合で表されないから始めて、同様の議論をすることで、a2 を T のベクトル x2' と取り替えることができます。
以下、この操作を繰り返し、
{x1', x2', … , xt', at+1, … , as} という基底を作ります。この基底には T に含まれているベクトルがすべて含まれているので、t ≦ s ということになります。
今度は、S を固定して、T のベクトルを S のベクトルへと取り替えます。
同様の議論によって、すべての S のベクトルが置き替えられ T に含まれます。
そのため、s ≦ t となります。
以上より、s = t が示せました。【証明完了】
これで、有限次元ベクトル空間の基底を構成するベクトルの個数が一定であることが証明できました。
一定の個数なので、基底を構成するベクトルの個数を有限次元ベクトル空間の次元と定義することができます。
3 次元だけれども 4 次元というようなことがあると次元を定義できません。
しかし、今、示した定理から、そのようなことは起こりません。
この記事では、基底の存在証明をするのにツォルンの補題を使いました。
極大イデアルの存在証明にもツォルンの補題を使いまして、補題の使い方についての良い練習になるかと思います。
それでは、これで今回の記事を終了します。
読んで頂き、ありがとうございました。