順序の公理 | 実数の不等式の性質から数列の極限値の一意性へ

順序の公理-不等式の性質-表紙

" 順序の公理 “は、実数体の公理系の一部となっている実数の順序についての公理です。

これは、高校の数学で学習する実数についての不等式の性質の元となっているものです。

公理(定義)から、数学で認められている論理の規則に基づいて、基礎となる数列の極限値の一意性を導きます。

大学の数学の微分積分の理論を構築するときの下支えになったり、高校の数学の不等式問題の根幹となる内容になります。

では、実数の順序についての公理たちです。

順序の公理 :公理を満たすもの

【公理】

R は加法 + について加法群をなし、R から加法単位元 0 を除いた差集合が乗法 × について可換群となっているとする。

また、加法単位元 0 と 乗法単位元 1 は R の異なる元とする。

そして、任意の x, y∈R に対して、
x < y, h x = y, y < a のいずれかの 1 つのみが成立する。
※ = は R における等しいということを表す相当関係です。

さらに次の [1], [2], [3] を満たす。

[1] 推移律
x < y かつ y < z
ならば x < z
(ただし、x, y, z は R の元)

[2] 加法で保存
x, y∈R が x < y ならば、
x+z < y+z
(ただし、z は R の任意の元)

[3] 乗法で保存
x, y∈R が x < y ならば、
0 < z を満たす任意の z∈R に対し、
xz < yz


加法群、乗法群という代数学の用語を使いましたが、通常の実数についての加法や乗法の計算ができるように二項演算が定義されていると思って、この記事を読んで頂けたらと思います。

加法と乗法以外に、順序 < という二項関係も R は備えているということです。

この順序の公理を満たすように、実数全体 R が構成されています。

補足説明

議論の出発点となる公理たちを公理系といいます。

この公理系を定義するのは自由ですが、公理たちを満たすものが数学の世界に一つも存在しないと、それらの公理たちは無駄なものとして無視されます。

そこで、公理たちの内容を満たすものが少なくとも一つは存在するということを示したいと考えます。

上で述べた、加法群と乗法についての可換群の定義を満たし、さらに順序の公理を満たすものとして、実数全体が造られています。

実数全体を構成するということは、大学の数学科の専門分野で専攻する内容となり、難しい内容となります。

この記事では、実数全体が、加法群や乗法についての可換群、そして順序の公理を満たすように構成されたという状況から議論を始めることにしています。

この内容は、実数体の公理といわれる加法と乗法についての実数の公理になります。

すべての公理について述べると長くなるので、中学一年で学習したように、R において四則演算ができると思って、この記事をご覧頂ければと思います。

ここで、気になることが一つ出てきます。

順序の公理 [3] について、仮定を満たせば結論の不等式となるという内容です。

x, y∈R が x < y ならば、
0 < z を満たす任意の z∈R に対し、
xz < yz

この x と y として、具体的な実数で仮定を満たすものが存在するのかということです。

これについては、加法についての命題を整備した後で議論します。

以下では、R を実数全体として、順序の公理を満たしているという段階から不等式についての基礎となる性質を導きます。

順序の公理 :新たなる順序を定義

順序 < は R における二項関係です。

x, y∈R が与えられると、
x < y, x = y, y < x のいずれか一つのみが成立します。

この < を用いて、新しく順序を表す二項関係を双対的に定義することができます。

【新しい順序の定義】

a, b∈R に対して、
b < a であるとき、
a > b と定義する。

これで、「左の元が右の元より小さい」ということを表す < を用いて、「右の元が左の元より大きい」ということを表す > を定義することができました。

難しい言い方をすると、二項関係 < から、新しい二項関係 > を誘導(インデュース)したということです。

induce された方が、> です。
from という原料は < です。

数学では、既に定義されたものを使って新しいものを定義するということを、しばしば行います。

さらに、以下を表す ≦ や、以上を表す ≧ も定義することができます。

≦や≧も定義する

【以下≦の定義】

x, y∈R に対して、
x < y または x = y を満たすとき、
x ≦ y と定義する。


< という二項関係を用いて、新しい二項関係 ≦ を定義しました。

今度は、≦ を原料にして、≧を定義します。

先ほどと同じ要領です。

a, b∈R が b ≦ a のとき、
a ≧ b と定義します。

それぞれの定義をよく見ると、
a ≧ b と
b ≦ a と
b < a または b = a と
a > b または a = b が同値ということになります。

これで、中学や高校の数学で使われる <, >, ≦, ≧ の 4 つの順序を表す二項関係が定義できました。

これらの実数の順序に関して、基礎となる命題を証明します。

順序の公理 :マイナスと大小の反転

【命題1】

(1) 0 < r (r∈R)、
(2) -r < 0 (r∈R) 、
(3) 0 > -r (r∈R) は、すべて同値である。


まず「(1) ならば (2)」を示します。

0 < r とすると、順序の公理の一つである「[2] 加法で保存」が使えます。

-r∈R を左辺と右辺に加えます。

すると、
0+(-r) < r+(-r) となります。

左辺と右辺を計算すると、
-r < 0 です。

これで、「(1) ならば (2)」が証明できました。

次に「(2) ならば (3)」を示します。

-r < 0 (r∈R) となっているときに、新しく誘導した > を用いて書き換えます。

> の定義より、
0 > -r です。

これで、「(2) ならば (3)」ということが示せました。

定義から明らかという証明でした。

最後に「(3) ならば (1)」を示します。

0 > -r だとします。

順序 > の定義から、
-r < 0 です。

順序 < について、順序の公理を [2] を使います。

両辺に r を加えて、
-r+r < 0+r です。

左辺と右辺を計算すると、
0 < r です。

これで、「(3) ならば (1)」が示せました。

以上より、(1), (2), (3) は、すべて同値ということを示せました。【証明完了】

r の加法逆元 -r と、双対的に定義した > の定義を用いて、順序の公理から命題を導きました。

三つが互いに必要十分条件になっていることを証明するときに、ぐるっとひと回りする証明をすることもあります。

次の命題の証明でも、公理 [2] が役立ちます。

次の命題は、【命題1】の一般化に当たります。

加法逆元の活用

【命題2】

(1) x < y (x, y∈R)、
(2) 0 < y-x (x, y∈R)、
(3) -y < -x (x, y∈R) は、すべて同値である。


<証明>

まず「(1) ならば (2)」を示します。

x < y (x, y∈R) とすると、順序の公理の [2] が使えます。

-x∈R を両辺に加えて、
0 < y-x となります。

これで、「(1) ならば (2)」を示すことができました。

次に「(2) ならば (3)」を示します。

0 < y-x (x, y∈R) とします。

-y∈R を両辺に加えます。

すると、
-y < -x となります。

「(2) ならば (3)」も示せました。

最後に「(3) ならば (1)」を示します。

-y < -x (x, y∈R) とします。

x+y∈R を両辺に加えます。
※ x+y は、x と y で加法を計算したときの値で、一つの実数です。

すると、
-y+(x+y) < -x+(x+y)

左辺と右辺を計算すると、
x < y です。【証明完了】

これで、符号がプラスとマイナスで逆になると、大小関係が反転することを導くことができました。

ちなみに、
(2) 0 < y-x は、
y-x > 0 と同じことです。

(3) -y < -x も、
-x > -y と同じです。

双対的に定義した順序 > と合わせて、大小関係を表す表し方にバリエーションをもたせることができます。

次の命題は、順序の公理 [3] に関連する内容です。

かつ (and) とまたは (or) についての論理規則と合わせて推論を進めます。


【論理の分配律】

p かつ “q または r"は、
“p かつ q" または “p かつ r" に書き換えることができる。


公理たちから議論を進めるときに、数学で認められている推論規則に基づいて考察を進めます。

この論理の分配律を次の命題を証明するときに使います。

順序の公理 :-1との積は加法逆元

【命題3】

x, y, r∈R とする。

このとき、x < y かつ r ≦ 0
ならば、xr ≧ yr
※ 等号成立は r = 0 のときに限る。


<証明>

「x < y かつ r ≦ 0」に注目します。

r ≦ 0 は、
r < 0 または r = 0 ということです。

そのため、
x < y かつ “r < 0 または r = 0" が仮定です。

そこで、論理の分配律を使って、二つの場合に分けて議論を進めることができます。

順序の公理-証明-場合分け

①「x < y かつ r = 0」の場合から議論を進めます。

r = 0 より、
xr = 0, yr = 0 です。

よって、xr = yr です。

等しいので、
「xr > yr または xr = yr」の条件に当てはまります。

したがって、
≧ の定義から、xr ≧ yr

次に②「x < y かつ r < 0」の場合について議論します。

r < 0 より、
【命題2】の (3) から、
-0 < -r です。

即ち、0 < -r です。

今、x < y なので、
順序の公理 [3] から、
x(-r) < y(-r) です。

つまり、
-xr < -yr です。

【命題2】の (3) を再び適用します。

-(-yr) < -(-xr) となります。

即ち、yr < xr です。

> の定義から、
xr > yr です。

xr > yr は、
「xr > yr または xr = yr」の条件に当てはまります。

よって、
xr ≧ yr です。【証明完了】

補足ですが、
この【命題3】で等号が成立するのは、
r = 0 のときに限ります。

先ほどの証明から、
r < 0 のときは、
xr > yr となり、等号は成立していませんでした。

そして、
r = 0 のときは、
xr = 0 = yr で等号が成立です。

論理的な分岐が生じたので場合分けをしました。

今、証明した【命題3】から、
順序の公理 [3] の仮定を満たすものが少なくとも一つは存在するということを述べておきます。

加法単位元と乗法単位元で

[3] 乗法で保存
x, y∈R が x < y ならば、
0 < z を満たす任意の z∈R に対し、
xz < yz


これが順序の公理 [3] でした。

「仮定ならば結論」という形なので、仮定を満たす実数が本当に存在するのかということが気になるところです。

x として加法単位元 0 を、y として 乗法単位元 1 が、仮定を満たします。

0 < 1 ということを確認します。


【命題4】

0 < 1 である。


これを示すには、背理法を使います。

0 ≧ 1 だと仮定します。

これは、1 ≦ 0 と同値です。

加法単位元 0 と乗法単位元 1 は異なる R の元です。

そのため、1 < 0 です。
これは、1 ≦ 0 でもあるので、両方ともが成立している状況です。

1 < 0 かつ 1 ≦ 0 に【命題3】を適用します。

1・1 ≧ 0・1 となります。

1 は乗法単位元だから、
1 ≧ 0 です。

これは、
1 = 0 または 0 < 1 と同値です。

よって、
1 < 0 と、
1 = 0 または 0 < 1 が同時に成立しています。

二つの実数 a, b について、
a < b, a = b, b < a のいずれか 1 つのみが成立するというのが順序の公理でした。

そのため、
1 < 0 と 0 < 1 は同時に成立できません。

したがって、
1 = 0 となります。

これは、加法単位元 0 と乗法単位元 1 が異なる R の元だということに矛盾します。

よって、0 < 1 です。【証明完了】

これで、順序の公理 [3] の仮定である「x, y∈R が x < y ならば」の x と y として、0 と 1 を考えることができます。

0 < 1 なので、
順序の公理 [2] より
1 を両辺に加えると、
1 < 1+1 = 2 を得ます。

0 < 1 かつ 1 < 2 なので、
0 < 2 となります。

帰納的に、どんな自然数も 0 より大きいということが得られます。

そうすると、自然数に -1 を掛けると 0 より小さいということになり、負の整数が確かに 0 より小さいということになります。

この【命題4】は、逆数という乗法逆元と順序を結び付ける上でも重要になります。

逆数と順序について

【命題5】

r∈R について、次が成立する。

0 < r ならば 0 < r-1,
r < 0 ならば r-1 < 0


<証明>

0 < r のときに、結論を背理法で示します。

r-1 ≦ 0 だと仮定します。

今、0 < r なので、
順序の公理 [3] より、
両辺に r を乗じると、
rr-1 ≦ 0 となります。

左辺を計算すると、
1 ≦ 0 です。

これは、【命題4】0 < 1 に矛盾します。

よって、背理法から、
0 < r-1 となります。

r < 0 のときも、結論を背理法で示します。

r-1 ≧ 0 だと仮定します。

r < 0 かつ r-1 ≧ 0 なので、
【命題3】から、辺々掛けると不等号の向きが逆転します。

つまり、
rr-1 ≦ 0 です。

左辺を計算すると、
1 ≦ 0 です。

これは、【命題4】0 < 1 に矛盾します。

よって、背理法から、
r-1 < 0 です。【証明完了】

この【命題5】から、正の有理数、負の有理数と、整数ではない有理数についての 0 との大小関連が得られるわけです。

ここからは、論理と大小関係を意識する命題を扱います。

順序の公理 :数列の収束値は1つ

【命題6】

a, b∈R について、
0 < a かつ 0 < b とする。

このとき、
a2 ≦ b2 ならば a ≦ b である。


<証明>

0 < a かつ 0 < b より、
順序の公理から、
辺々足すと、
0 < a+b

【命題5】より、
0 < (a+b)-1 …(1)

0 < a より、順序の公理から、
0 < a の両辺に a を掛け、
0 < a2 を得ます。

【命題4】から -1 < 0 が導けるため、さらに順序の公理から、
-a2 < 0 です

a2 ≦ b2 という仮定から、
辺々足すと、
0 ≦ b2-a2 です。

b2-a2 = (b+a)(b-a) より
0 ≦ (b+a)(b-a) …(2)

(1) より、
(a+b)-1 を (2) の不等式に掛け、
0 ≦ b-a となります。

両辺に a を加えて、
a ≦ b を得ます。【証明完了】

この命題は、逆も真です。

a ≦ b だと、
0 < a より、a2 ≦ ab

0 < b より、ab ≦ b2

順序の公理の推移律から
a2 ≦ b2 となります。

この【命題6】の内容は、
二次関数 y = x2 のグラフが上に開いている根拠となっています。

次の命題は、大学数学のイプシロンエヌ法による数列の極限に関わる内容となります。

「任意の r について、□□が成立する」ということは、「どんな r についても □□が成立する」ということです。

任意の∀を使う内容

【命題7】

x∈R が、0 ≦ x だとする。

そして、
「r > 0 を満たす任意の r∈R に対し
x < r である」とする。

このとき、x = 0 である。


<証明>

0 < x だとし、矛盾を導きます。

0 < x = 2x-x です。

0 < 2x-x の両辺に x を加え
x < 2x を得ます。

また、【命題4】より 0 < 1 より
0 < 2 が導けます。

すると、【命題5】より、
0 < 2-1 を得ます。

よって、
0 < x と x < 2x に順序の公理 [3] を使って、2-1 を両辺に掛けます。

すると、
0 < 2-1・x と 2-1・x < x を得ます。

r = 2-1・x と置くと、
r∈R は 0 < r となっています。

よって、仮定から、
x < r です。

r を元に戻すと、
x < 2-1・x です。

しかし、今、
2-1・x < x です。

これは、< についての順序の公理に矛盾します。

そのため、背理法から、
x = 0 となります。【証明完了】

この【命題7】と絶対値を合わせると、数列の極限についての内容に関連する命題が導けます。

a∈R について、
0 ≦ a のとき |a| = a,
a < 0 のとき |a| = -a というのが絶対値の定義です。

絶対値という記事では、高校数学で扱う絶対値つきの関数のグラフについて解説をしています。

次に示す命題から、数列の極限の一意性の証明を目指します。

数列の極限値はただ1つ

【命題8】

a, b∈R とする。

そして、
0 < ε を満たす任意の ε∈R に対して、
|a-b| < ε となっていたとする。

このとき、a = b である。


<証明>

x = |a-b| と置きます。

すると、0 ≦ x です。

この x について、
0 < ε を満たす任意の ε∈R に対して、
x < ε となっています。

そのため、【命題7】を適用することができます。

よって、x = 0 です。

つまり、|a-b| = 0 です。

0 < a-b とすると、
a-b = |a-b| = 0 より、
a = b となり、
a-b = 0 かつ 0 < a-b という矛盾が生じます。

a-b < 0 とすると、
-(a-b) = |a-b| = 0 より、
a = b となり、
a-b = 0 かつ a-b < 0 という矛盾が生じます。

ゆえに、a = b です。【証明完了】

さらに、次の定理が導かれます。
※ 証明では三角不等式を使っています。

【極限の唯一性】

s と t を実数とする。

実数列 {an} に関し、
ある自然数 N1 が存在し、
N1 ≦ n である任意の自然数 n に対して、
「0 < ε を満たす任意の ε∈R について
|an-s| < ε 」が成立するとする。

また、
ある自然数 N2 が存在し、
N2 ≦ n である任意の自然数 n に対して、
「0 < ε を満たす任意の ε∈R について
|an-t| < ε 」が成立するとする。

このとき、s = t である。

<証明>

0 < ε を満たす任意の ε∈R が与えられたとします。

すると、
0 < 2-1・ε です。

仮定より、
ある自然数 N1 が存在し、
N1 ≦ n である任意の自然数 n に対して、
|an-s| < 2-1・ε です。

同様に、
ある自然数 N2 が存在し、
N2 ≦ n である任意の自然数 n に対して、
|an-t| < 2-1・ε です。

N = max{N1, N2} と置きます。

すると、N ≦ n を満たす自然数 n に対して、
|an-s| < 2-1・ε,
|an-s| < 2-1・ε

よって、
|s-t| = |s-an+an-t|
≦ |s-an|+|an-t|
= |an-s|+|an-t|
< 2-1・ε+2-1・ε
= (2-1+2-1)・ε = ε

即ち、0 < ε を満たす任意の ε∈R に対して、
|s-t| < ε となっています。

よって、【命題8】より、
s = t です。【証明完了】

今、証明した定理は、イプシロンエヌ法によって定義された数列の極限値が、収束するときは必ず同じ値に収束するということを保証する定理になります。

関連する記事として、
アルキメデスの性質という微分積分学の基礎となる内容についての記事も投稿しています。

数列 {an} が収束するときは、収束する値が唯一ということです。

代数構造については、二項演算という記事で、実数の加法と乗法についての公理から解説をしています。

それでは、これで今回の記事を終了します。

読んで頂き、ありがとうございました。