実数乗 – 指数が無理数でも【証明すべき壁は有理数の稠密性だけじゃない】

実数乗 、つまり、正の実数を底としたとき、指数が無理数のときでも定義されています。
指数関数についての定義に関連する証明は、高校の数学では扱わず、厳密な内容は大学の数学科で扱われます。
ε-N法や ε-δ論法を用いて、数列の極限や関数の連続についての基礎的な理論が構築された後で、指数が無理数のときでも実数乗を定義できるというが示されます。
すべてを述べると膨大な量と複雑さになるので、既に成立している部分と、実数乗の定義の部分を区別して、必要な議論だけを証明しながら進めています。
有理数列の収束値を使って、実数乗を定義するのですが、有理数の稠密性と、もう少しの工夫をします。
実数乗 :必要な用語や命題の準備
【既に成立しているとする前提】
■ 実数 r が r > 1 のとき、有理数全体 x を定義域とする関数 f(x) = rx は単調増加関数である。
■ 実数 r が 0 < r < 1 のとき、有理数全体を定義域とする関数 f(x) = rx は単調減少関数である。
この内容は、高校の数学で学習する内容ですが、指数が有理数の段階でも、厳密な証明が使われています。
その内容として、正の実数 r について、
xn = r という x の方程式の正の実数が唯一存在するということが挙げられます。
代数学の基本定理で、重解を含めて n 個の解が存在するのですが、正の実数で解となるものと限定をすると、1 個しか存在しないということです。
区間縮小列の話を用いて、解が唯一であることを証明するのが有名で、重たい厳密証明となります。
この唯一であるということから、正の実数 r についての n 乗根 (r)1/n が定義されています。
数列の極限についての線形性なども、既に理論が構築されているものとして議論を進めます。
単調性についての用語
数列 {an} について、
a1 < a2 < … < an < an+1 < …
となっているとき、単調増加と、この記事では述べることにします。
数列 {bn} について、
b1 ≦ b2 ≦ … ≦ bn ≦ bn+1 ≦ …
となっているとき、単調非減少といいます。
「≦」は、「< または =」ということなので、単調増加ならば、単調非減少です。
同様に、単調減少ならば、単調非増加ということになります。
この記事で、「有理数列」という用語を使います。
有理数列とは
自然数全体を N, 実数全体を R, 有理数全体を Q と表すことにします。
a:N → Q,
n∈N に対して an∈Q を対応させる写像が有理数列です。
数列 {an} が有理数列というときには、任意の自然数 n に対して、an が有理数ということを意味します。
では、有理数全体 x を定義域とする関数 f(x) = rx (r は正の実数)が単調関数であるということを前提として、実数乗の定義を解説します。
実数乗 :収束する有理数列を利用
整数分野でお馴染みのガウス記号を使います。
実数 a に対して、[a] は、a を越えない最大の整数です。
例えば、3.14 のガウス記号の値を定義に基づいて求めてみます。
3 < 3.14 < 4 です。
整数 4 で、はじめて 3.14 を越えました。
よって、[3.14] = 3 となります。
3.14-[3.14] が、3.14 の小数部分です。
一般に実数 a に対して、
a-[a] を a の小数部分と呼ぶことにします。
すると、
a = [a]+「a の小数部分」という等式が成立します。
a の小数部分の値は、0 以上 1 未満となります。
このガウス記号を用いて、有理数の稠密性を証明します。
【有理数の稠密性】
任意の実数 a に対して、a に収束する有理数列が存在する。
<証明>
実数 a の小数部分の小数第 n 位の非負整数を un と定めます。un の値は、0 以上 9 以下の非負整数となっています。
そして、a の小数第 n 位までの値を an とします。
すなわち、
an = [a]+u110-1+u210-2+…+un10-n となっています。
u110-1+u210-2+…+un10-n は有理数で、[a] は整数だから、各自然数 n に対して、an の値は有理数です。
これで、有理数列 {an} が構成できました。
ここで、無理数の定義は、循環しない無限小数でした。
そのため、a が無理数(有理数ではない実数)の場合、有理数列 {an} は単調増加です。
つまり、a1 < a2 < …
よって、各自然数 n に対して、
a-an = an+110-(n+1)+an+210-(n+2)+…
< 10-n
つまり、
0 ≦ a-an < 10-n です。
ここで、n を十分大きくすると、10-n は 0 に収束します。
そのため、はさみうちの定理から、
数列 {an} は r に収束することになります。 ■
これで、実数 a に対して、a に収束する有理数列が、少なくとも一つは存在するということが示せました。
次に、実数 a に対して、今の証明で構成した有理数列 {an} の各項を指数とした数列を定義します。
実は、0 < a < 1, または a > 1 のとき、
数列 {aan} は収束します。
収束するかどうか
【定理1】
上に有界な単調非減少列は収束する。
【定理2】
下に有界な単調非増加数列は収束する。
【定理】としましたが、この内容は、実数の連続性の公理と同値です。
この数学サイトでは、Weierstrassの上限についての条件を実数の連続性の公理として、有界な単調数列という記事で【定理1】を導き、【定理1】と【定理2】が同値であることを示しました。
この定理たちを用いて、数列 {ran} が収束することを示します。
【命題1】
実数 r が r > 1 だとする。
また、実数 a に収束する単調増加な有理数列を {an} とする。
このとき、数列 {ran} は収束する。
<証明>
数列 {an} は実数 a に収束する単調増加な数列です。
そのため、任意の自然数 n に対して、
an < [a]+30 です。
(30 は大袈裟ですが、分かりやすく目立たせるために。)
このことから、
ran < r[a]+30
よって、数列 {ran} は上に有界です。
また、実数 r が r > 1 だから、有理数全体 x を定義域とする関数 f(x) = rx は単調増加関数です。
そのため、数列 {ran} は単調増加数列です。
つまり、数列 {ran} は単調非減少数列です。
よって、【定理1】より、
数列 {ran} は収束します。 ■
【命題2】
実数 r が 0 < r < 1 だとする。
また、実数 a に収束する単調増加な有理数列を {an} とする。
このとき、数列 {ran} は収束する。
<証明>
実数 r が 0 < r < 1 だから、有理数全体 x を定義域とする関数 f(x) = rx は単調増加関数です。
そのため、数列 {ran} は単調減少数列、つまり、単調非増加数列です。
また、各自然数 n に対して、an が有理数だから、
1 = r0 > ra1 > … > ran > 0
よって、数列 {ran} は下に有界です。
以上より、【定理2】から、
数列 {ran} は収束します。 ■
【命題1】と【命題2】の証明から、次の命題たちが導かれます。
【命題1’】
実数 r が r > 1 だとする。
また、実数 a に収束する単調減少な有理数列を {an} とする。
このとき、数列 {ran} は収束する。
<証明>
数列 {ran} は、指数が有理数なので、単調減少です。
そして、どの自然数 n についても、
ran > 0 なので、下に有界です。
そのため、数列 {ran} は下に有界な単調非増加な数列なので、収束します。 ■
【命題2’】
実数 r が 0 < r < 1 だとする。
また、実数 a に収束する単調減少な有理数列を {an} とする。
このとき、数列 {ran} は収束する。
数列 {ran} が下に有界な単調減少数列ということが分かりました。そのため、収束します。
ちなみに、この【命題2’】のときも、数列 {ran} が上に有界です。
数列 {an} は実数 a に収束する単調減少な数列です。
そのため、任意の自然数 n に対して、
an > [a]+30 です。
このことから、
ran > r[a]+30 となり、数列 {ran} が上に有界です。
そろそろ、数列 {ran} の収束値を ra と定義したいところです。
この段階で、実数 a, b に収束する単調増加数列 {an}, {bn} について、
数列 {ran+bn} と数列 {ranrbn} が同じ数列で、
数列 {an+bn} が a+b に収束する単調増加数列であることから、
ra+b = rarb が導けます。
しかし、実数乗を定義し、指数法則を証明するためには、壁があります。
実数 a に収束する有理数列が、有理数の稠密性の証明のときの数列以外に存在したときにどうなるのか。
a に収束する有理数列を違う有理数列で考えたときに、実数乗の値が異なるのかどうかを見極めておかないと、ややこしい定義になってしまいます。
そこで、次の【命題3】の証明が大切になります。
収束する有理数列の取り方に依らない
【命題3】
実数 r が r > 1 または 0 < r < 1 だとする。
また、実数 a に収束する単調増加な有理数列を {an} とする。
そして、無理数 a に収束する他の有理数列を {bn} とし、数列 {rbn} する。
このとき、数列 {ran} と {rbn} は同じ値に収束する。
<証明>
【命題1】もしくは【命題2】より、
数列 {ran} は収束します。
数列 {ran} の収束値は ra です。
有理数列 {an} と {bn} は、どちらも実数 a に収束しています。
そのため、任意の正の有理数 c に対して、c/2 も正の有理数だから、ある自然数 N1, N2 が存在し、
n ≧ N1 ならば |an-a| < c/2,
n ≧ N2 ならば |bn-a| < c/2 となります。
K = max{N1, N2} と置きます。
n ≧ K のとき、
|bn-an| = |bn-a+a-an|
≦ |bn-a|+|an-a|
= |bn-a|+|a-an|
< c/2+c/2 = c
ゆえに、-c < bn-an < c
つまり、an-c < bn < an+c
r > 1 のときは、
ran-c < rbn < ran+c
0 < r < 1 のときは、
ran+c < rbn < ran-c
数列の極限値の性質より、
r > 1 のときは、n を十分大きくすると、
ra+c ≦ rbn ≦ ra+c,
0 < r < 1 のときは、
ra+c ≦ rbn ≦ ra-c
いずれの場合についても、c は任意に与えられた正の有理数です。
この c として、0 に収束する有理数列の値を考えると、
数列 {rbn} が ra に収束しなければなりません。
これで、数列 {rbn} が、数列 {ran} の収束値である ra に収束することが示せました。 ■
有理数の稠密性の証明のところで用いた、ガウス記号を使った有理数列のおかげで、【命題1】や【命題2】の仮定を満たす有理数列が少なくとも一つは存在することになります。
さらに、【命題3】から、実数 a に収束する他の有理数列を使っても同じ極限値となることが示せました。
【命題1】の証明のときには、上に有界な単調増加という条件から、数列 {ran} の収束を証明したのですが、【命題3】の段階で、上に有界な単調増加という条件を省くことができました。
この【命題3】は強力です。
例えば、有理数列 {an} と {bn} が、それぞれ無理数 s と t に収束していたとします。
有理数列 {akbk} を考えると、数列の積についての極限値の性質から、この数列は実数 st に収束します。
有理数列 {akbk} が、ガウス記号に関して述べた実数 st の近似列かどうかは不明です。
単調増加かどうかも不明です。
しかし、【命題3】から、数列 {rakbk} は実数 rst に収束するということになります。
この rst は、実数 st に収束するガウス記号に関して述べた近似列 {xn} を使った {rxn} の収束値と一致しているというわけです。
有理数列 {akbk} は、ガウス記号に関して述べた実数 st の近似列かどうかは不明なのにです。
これが、収束する有理数列の取り方に依らないということの使い勝手の良さです。
実数乗を定義した後、上に有界な単調増加の条件を考慮しなくて良いということになりましたので、気分が楽になります。
では、実数乗の定義をします。
実数乗の定義

これで、a が無理数でも、実数 a 乗を定義することができました。
そして、a が有理数のときは、数列 {an} の収束値が有理数 a なので、既に定義できている r の有理数乗のままです。
【命題3】から、実数 a に収束する他の単調な有理数列を使っても同じ極限値となるということから、ガウス記号を使った近似列に限定しなくて良いので、助かります。
厳密な証明を突き詰めていくと、大変な指数関数なので、このあたりで終了します。
【関連する記事】
■ ネイピア数
■ 二重数列
■ 複素指数関数(e の複素数乗)
読んで頂き、ありがとうございました。
一つ前の記事で、今回の証明で使った「有界な単調数列」が収束することについて解説をしています。