トレース trace | trace(AB)=trace(BA)の証明から共役不変の内容など

trace-トレース-表紙

行列論で trace について、trace(AB)=trace(BA)となります。その適用例として、共役をとってもトレースの値が変わらないことを証明します。

共役は対角化の内容でも使うため、着実な理解が大切になります。

専門課程でリー代数を学習し始めるときにも、trace が出きたりと、先につながるトレースです。

なお、このブログでは、行列の各成分は、複素数(実数)として議論を進めています。複素数(実数)の積について、交換法則が成立するということも使っています。

非可換体の場合については触れていませんので、ご了承ください。

トレース trace :3 行 3 列で計算

このブログ記事で、trace(AB) = trace(BA) となることを証明します。行列の乗法についての定義とトレースの定義を意識しながら議論を進めます。

そのため、この証明を考えることで、行列論についての基本事項の運用能力が高まるかと思います。

シグマ計算では、添え字の動く範囲に注意して、どんな項たちを足し合わせているのかを押さえることが重要になります。

トレースの定義

A を n × n 行列とします。

このとき、trace A を
a11 + ・・・ + ann とする。


n 次正方行列 A に対して、trace A とは、対角成分をすべて足し合わせた値のことです。

(1, 1) 成分と (2, 2) と ・・・ (n, n) 成分までをすべて足し合わせます。

この trace(トレース)の定義を押さえておくと、trace(AB) = trace(BA) を証明するときに、
対角成分をすべて足し合わせた値が同じになることを検証したら良いことが分かります。

trace (AB) を計算

まず、trace(AB) がどうなっているのかを検証します。行列の積の定義に基づいて AB の対角成分を計算します。

AB の (i, j) 成分: ai1b1j+ai2b2j+ai3b3j

3 × 3 型の正方行列なので、項が 3 つ出てきます。

対角成分に着目しているので、(1, 1) 成分、(2, 2) 成分、(3, 3) 成分がどうなっているかを知りたいわけです。

i と j に同じ自然数を代入すると、これらの成分の値が分かります。

つまり、
a11b11 + a12b21 + a13b31
a21b12 + a22b22 + a23b32
a31b13 + a32b23 + a33b33

これら 9 個の項をすべて足し合わせると、AB の対角成分の値をすべて足し合わせたことになります。

すなわち、trace(AB) の値です。

trace (BA) を計算

同様に、trace(BA) の値を計算します。

b11a11 + b12a21 + b13a31
b21a12 + b22a22 + b23a32
b31a13 + b32a23 + b33a33

ここで、先ほどの trace(AB) の計算で出現した 9 個の項と比較します。

複素数(実数)については、交換法則が成立するので、A の成分が左側にくるように、書き換えます。※ さらに細かく言うと、加法の結合律も使います。

9 個の項の和についても一般の結合法則が、実は役に立っています。

trace(BA) を書き換えたものは、
a11b11 + a21b12 + a31b13
a12b21 + a22b22 + a32b23
a13b31 + a23b32 + a33b33

trace(AB) は、
a11b11 + a12b21 + a13b31
a21b12 + a22b22 + a23b32
a31b13 + a32b23 + a33b33

「ちょっと違うじゃないか」と思われた方、よく見てくださっています。

右下に書いている添え字が異なる部分があるので、あと一歩の変形が必要です。

ここで、複素数(実数)の加法についての交換法則が効いてきます。

trace(AB) の 9 個の項の足す順番を入れ替えると、trace(BA) のときの 9 個の項と全く同じ項の並びになります。

a11b11 + a21b12 + a31b13
a12b21 + a22b22 + a32b23
a13b31 + a23b32 + a33b33

全く同じ項を 9 個足し合わせたわけなので、
trace(AB) と trace(BA) が同じ値ということが証明できました。

今度は、n 次正方行列の一般論で証明をしてみます。

トレース trace :n 次正方行列で証明

trace-トレース-乗法

先ほどの 3 次正方行列のときに、複素数(実数)の乗法についての交換法則と、加法についての交換法則で、9 個の項の足す順番を調整しました。

(n × n) 個の項についても、この発想を使っています。一般の n だと具体的にすべてを書き並べることができませんので、シグマ記号を使って表します。

線形代数学で学習する trace(AB) = trace(BA) は、他の分野でも使われるので、押さえておくと良いかと思います。

一般の n でややこしいときには、n が 3 などのときで、具体的に様子を見てみると、何をしているのかが分かってくるかと思います。

この示したトレースについての等式を使って、すぐに導ける命題があります。対角化の内容などで出てくる内容です。

trace トレース :トレースの共役不変

X と P は n × n 型の正方行列で、P は正則行列(逆行列をもつ行列)とします。

このとき、P-1XP をつくることを共役をとるというのですが、共役をとってもトレースの値は変わりません。

つまり、trace(P-1XP) = trace X です。

さらに、行列の乗法について、結合法則が成立するので、
P-1XP = P-1(XP) となります。

先ほど示した trace(AB) = trace(BA) の A として P-1 、B として XP を考えると、すぐにトレースが同じであることが分かります。

ちなみに、P の逆行列 P-1とは、
P-1P = PP-1 が単位行列 E になる行列のことです。


trace(P-1XP)
= trace(P-1(XP))
= trace((XP)P-1)
= trace(X(PP-1))
= trace(XE) = trace X


これで、 trace(P-1XP) = trace X が示せました。

行列について、trace(トレース)を計算するということは、土台となります。

このような基本をしっかりと身に着けることで、行列式の理論の理解が深まっていくかと思われます。

トレース trace :固有値について

線形代数学の学習で、終盤で固有値論を学習します。

そこで、trace が関連する内容が出てきます。


【定理】

A = (aij), aij ∈ C, E は n 次の単位行列とする。
det(λE - A) =
λn + c1λn-1 + … + cn-1 + cn について、
c1 = trace A である。


A は複素数を成分とする n × n 行列で、E は n 次の単位行列です。行列式を計算したときの各項の係数を ci と置いています。

λ を変数とする固有多項式です。

λ には固有値という複素数が解として当てはまります。この固有多項式の λn-1 の係数が、trace A と一致するというのが定理の主張です。
固有方程式というブログで、固有多項式や固有ベクトルについて解説をしています。

det|λE - A| という λ についての 1 変数多項式を行列式を展開する前の形で見ると次のようになっています。

trace-トレース-固有値

i 行 j 列目を bij と置いておきます。

行列式の定義に基づいてシグマ計算をするときに、
恒等置換についての項は、
(λ - a11)(λ - a22) … (λ - ann)
= b11b22 … bnn

行列式を計算するときに、列についての添え字を置換する方で議論をすることにします。I という n 次対称群の恒等置換についての項は、
b1I(1)b2(2) … bnI(n)
= b11b22 … bnn

恒等置換 I の置換では、どの添え字も動かないので、対角に並んでいる (λ - aii) たちをすべて掛けて 1 つの項が形成されています。

ここで、λn-1 の係数が trace A ということを示したいわけです。

λn-1 は、
(λ - a11)(λ - a22) … (λ - ann) を展開したところからしか現れません。この n 個の括弧を展開するときに、k 番目から ak を取り、残りをすべて λ を取ったときに ak λn-1 が現れます。

k は 1 から n までの可能性があるので、
c1λn-1
= a1λn-1 + a2λn-1 + … + anλn-1
= (a1 + a2 + … + ann-1
= (trace A) λn-1

最後に確認をしておかなければならないことがあります。

これら以外に係数が 0 ではない λn-1 が存在すると、議論が壊れます。そんなことは起こらないということを示す必要があります。この内容をこれから詰めていきます。

どうして、(λ - a11)(λ - a22) … (λ - ann) を展開したとき以外の部分から λ n-1 が出てこないかということを説明します。

det(λE - A) を行列式の定義に基づいて計算するときに、n 次の対称群 S(n) の元 σ に応じて次の項が出てきます。

b1σ(1)b2σ(2) … bnσ(n) です。

σ は異なる n 個の数字を並び替える操作ですから、全部で n ! 通りの置換が存在します。しかし、恒等置換 I とは異なる置換 σ について、λn-1 は現れません。

もし、σが恒等置換でないときには、ある自然数 i が存在して、σ (i) ≠ i となります。σ に動く自然数 i が、1 から n までの中に存在します。

σ (i) = k ≠ i だとします。そのとき、bi(i) = bik となっています。

i と k が異なるので、bik は対角成分ではありません。-aik となっていて、λ が使われていません。

ここで、bkσ(k) を考えます。σ が単射ということが効いてきます。

{1, 2, … , n} から {1, 2, … , n} への全単射が σ という置換です。

今、k ≠ i なので、σ の単射性から、σ(k) ≠ σ(i) となっています。

σ(k) ≠ σ(i) であり、σ(i) = k なので、σ(k) ≠ k です。

よって、bkσ(k) は、行数を表す k と列数を表す σ(k) が異なるので、対角成分ではありません。

-akσ(k) なので、λ が使われていません。

以上より、σ が恒等置換でないとき、b1σ(1)b2σ(2) … bnσ(n) に使われている対角成分は (n - 2) 個以下ということになります。そのため、乗法に現れる λ は (n - 2) 個以下となります。

これは、σ が恒等置換でないとき、b1σ(1)b2σ(2) … bnσ(n) を計算したときに、λ の最高次数が (n - 2) 次以下ということです。よって、λn-1 が現れないということになります。

これで、上で考察した σ が恒等置換のときのみ、λn-1 が現れということから、定理の結論が示されました。

固有値は、線形代数学の終盤で学習する内容になりますが、そこでも写像が単射という基本事項が使われます。写像についての基本事項は、定義域-値域というブログ記事で解説をしています。

ちなみに、固有多項式の定数項 cn は (-1)n det A と一致します。これは、次のようにして簡単に示すことができました。

det(λE - A) = λn + c1λn-1 + … + cn-1 + cn は行列 A についての固有多項式という難しそうな用語で呼ばれています。しかし、よくよく考えると、変数 λ についての 1 変数多項式です。

複素数係数の多項式が左辺と右辺で等しいということです。そのため、λ = 0 を左辺と右辺に代入したときの値は同じということになります。高校数学でよく使う手です。

det(0E - A) = cn です。

単位行列 E を 0 でスカラー倍すると零行列なので、
det (-A) = cn

ここで、-A = -EA なので、
det(-EA) = det(-E)detA
= (-1)n det A

よって、(-1)n det A = cn が示せました。

このあたりまで学習が進んでくると、
行列式論で学習する det(AB) = det A det B などは、よく使われます。

議論を進める上で強力なサポートとなる行列式論です。

また、行列についての記事として、
対称行列 交代行列という記事も投稿しています。

それではこれで、このブログ記事を終了します。

読んだ頂きありがとうございました。