ネーター環 | 定義と同値な書き換え【三つの条件はすべて同値であることの証明】
ネーター環 (Noether Ring) の定義と、それと同値な条件について、証明を解説しています。
どのイデアルも有限生成である可換環というネーター環の定義を書き換えることができます。
同値となっていることの証明を理解することで、代数学の入門の学習をしつつ、集合論の入門で学習した内容の理解を深める良い練習になるかと思います。
増大列や極大性についての定義の書き換えになります。
有限生成についての定義を述べてから、その後で同値となる条件について、どうして同値なのかを証明します。
なお、この記事では、可換環 R は乗法単位元 1 をもつ整域としています。
ネーター環 :有限生成の定義
【定義】
可換環 R を乗法単位元 1 をもつ整域とする。R の任意のイデアルが有限生成であるとき、R をネーター環という。
単項イデアル整域だと、どのイデアルも一元で生成されていました。ネーター環の定義から、単項イデアル整域はネーター環となっています。
以前に投稿した記事で単項イデアル整域が一意分解整域となっていることを証明しています。
加群についての議論を含めると複雑になるので、この記事では可換環論の入門的な内容のスタート段階の内容だけを簡潔に述べることにします。
ネーター環の定義を他の条件を使って書き換えることができるということを説明します。
書き換える条件
[2] の増大列が止まるということを、記号を用いて正確に述べておきます。
I1 ⊂ I2 ⊂ … ⊂ In ⊂ … というイデアルの増大列があったとすると、k が存在して、
Ik = Ik+1 = … ということです。
イデアルたちは、k 以降は、すべて Ik と等しく、ここで増大列が止まるということを表しています。
次に [3] ですが、用語の使い方について述べておきます。
この記事では、イデアルという R の部分集合たちの集まりのことを集合系と述べています。
R のイデアルから成る空でない集合系 J というものは、R の空でないイデアルたちを集めた集まりになります。この集合系における順序を包含関係とします。
イデアルどおしの包含関係は、比較可能とは限らないこともあるので、極大元について考えます。
I ∈ J が、J という集合系における極大元ということの定義を説明します。
J の任意の元 M について、M は I を真に含まないということが、I が J において、包含関係に関して極大ということです。
最大元とは限らないので、I が極大元のときに、S という他の J の元であるイデアルをもってくると、I と S が比較可能ではないということが起こるかもしれません。
では、[1] から [3] が同値であることを、これから証明します。
ネーター環 :同値であることの証明
[1] ならば [2]、[2] ならば [3]、[3] ならば [1] ということを証明します。
これらが全て真ということが示せれば、[1] から [3] が、どの二つも同値(必要十分条件)となっていることになります。
すべて同値であることを理解しておくと、状況に応じて扱いやすいものを使うことができるので便利です。
[1]ならば[2]の証明
[1] ならば [2] を示します。
[1] R の任意のイデアルは有限生成
[2] イデアルの増大列は、必ず止まる
<証明>
I1 ⊂ I2 ⊂ … という増大列に現れているイデアルすべての和集合を M と置くと、
M = ∪nIn です。
M は R のイデアルとなります。そのため、[1] より、M は有限生成です、
x1, … , xr を M の生成元とすると、
M = Rx1 + … + Rxr
和集合の定義から、x1 から xr は増大列に現れているイデアルのどれかに含まれています。
xk ∈ I(xk) とすると、I(x1) から I(xr) は高々有限個で、それらは増大列を構成しているイデアルです。
そのため、ある t (1 ≦ t ≦ r) が存在して、I(x1) から I(xr) は I(xt) に含まれています。
I(xt) は R のイデアルなので、
M =
Rx1 + … + Rxr ⊂ I(xt)
よって、増大列で I(xt) 以降のどのイデアルも I(xt) に含まれています。すなわち、増大列は I(xt) で止まっています。【証明完了】
では、次の証明に移ります。
[2]ならば[3]の証明
[2] ならば [3] を示します。
[2] イデアルの増大列は、必ず止まる
[3] R のイデアルから成る空でない集合系は、包含関係について極大元をもつ
<証明>
J を R の空でないイデアルから成る任意の集合系とします。
J に極大元が存在しないと仮定します。
任意に I1 ∈ J を取ります。
I1 は J における極大元ではないので、ある I2 ∈ J が存在して I2 は I1 を真に含みます。
I2 以降にも同様の議論をすることで、
I1 ⊂ I2 ⊂ … という増大列が作れます。
Ik+1 は Ik を真に含むという増大列です。
しかし、これは、R のイデアルの増大列は必ず止まるという [2] の仮定に矛盾します。
よって、背理法から、R の空でないイデアルから成る集合系 J には、極大元が存在しなければなりません。【証明完了】
では、最後の証明です。
[3]ならば[1]の証明
[3] ならば [1] を示します。
[3] R のイデアルから成る空でない集合系は、包含関係について極大元をもつ
[1] R の任意のイデアルは有限生成
<証明>
I を R の任意のイデアルとし、I の有限部分集合が生成する R のイデアルをすべて集めた集合系を J と置きます。
[3] の仮定より、J における極大元 M が存在します。
J の定義から、R のイデアル M は有限生成です。
M はイデアル I に含まれている有限個の元によって生成されているため、M は I に含まれています。
もし、差集合 I - M が空でないとすると、次のように矛盾が生じます。
x ∈ I - M が存在したとします。
すると、M + Rx は M を真に含む R のイデアルとなります。
M + Rx は、x ∈ I を一つだけ M の有限個の生成元に追加したものなので、有限生成です。
そのため、M + Rx ∈ J となります。
M + Rx は M を真に含んでいるので、M が J の極大元であったことに矛盾します。
よって、差集合 I - M は空集合となっていなければなりません。
つまり、I = M で、M が有限生成だったので、I が R の有限生成なイデアルであることが示せました。【証明完了】
これで、[1]、[2]、[3] は、どの二つも同値であることが示せました。
以前の記事で単項イデアル整域ならば一意分解整域ということを示しました。しかし、ネーター環だけれども、一意分解整域ではない例が存在します。
ネーター環 :反例について
単項イデアル整域ならばネーター環です。そして、単項イデアル整域ならば一意分解整域です。
そこで、どちらについても反例となるものを述べておきます。
整数全体を Z と表すことにします。
Z はユークリッド整域なので、単項イデアル整域です。また、Z は一意分解整域でもあります。
一意分解整域上の多項式環は一意分解整域ということが証明されています。
そのため、Z[x] という整数環上の多項式環は、一意分解整域です。しかし、単項イデアルではありません。
例えば、2 と x で生成されている Z[x] のイデアルは、一元では生成できないから単項イデアルではありません。
また、ネーター環上の多項式環は、ネーター環というヒルベルトの基底定理が成立していまして、Z[x] はネーター環となっています。
Z はユークリッド整域なので、単項イデアル整域です。
単項イデアル整域はネーター環なので、Z はネーター環です。これにヒルベルトの定理を適用すると、Z[x] はネーター環ということになります。
しかし、Z[x] は単項イデアル整域ではありません。そのため、Z[x] はネーター環だけれども単項イデアル整域ではないという例になっています。
これで、今回の記事を終了します。読んで頂き、ありがとうございました。