複素数の除法 | 演算というものを基礎から理解する【数2】
" 複素数の除法 “を複素数の乗法から導きます。
この内容は、中学生の文字式の計算ができると、数IIの学習の流れの通りに勉強を進めると、基礎的な練習問題を正解することができます。
しかし、その背後にある複素数の演算への理解は、機械的に練習問題を正解するだけにとどまらず、大学の代数分野へとつながります。
演算とは何なのかということを、高校の発展内容を交えつつ、それでいて計算自体は中学の頃に学習した文字式計算で解説をしています。(厳密には一部で有理化の計算を使っています。)
複素数の除法を導き出すために、まずは前段階の内容を正確に押さえることが大切になります。
加法から順に解説を進めます。
複素数の除法 :準備の土台
二乗すると -1 となる虚数単位 i というものを使って、次のような数を考えます。
p と q を実数として、
p+qi という形のものを複素数といいます。
p と q のところに様々な実数を当てはめ、得られる複素数を全て集めた集合を C と置きます。
{p+qi | p, q は実数} が複素数全体 C です。
C における二項演算というものは、次で定義されています。
C×C → C という関数のことを C における二項演算といいます。
※ 四則演算という記事では、大学の数学科で扱われる演算について解説をしています。
C×C は直積集合といって、先ほど述べた複素数の組を全て集めた集合です。
※ 直積集合は、高校数学の発展内容になります。
p, q, r, s を実数とするとき、
(p+qi, r+si) という組が、
C×C の要素(元)となっています。
この (p+qi, r+si) に対して、複素数を対応させる関数が、C における二項演算です。
どういった値を対応させるかによって、複数の関数が定められています。
その一つが、加法という関数になります。
タイトルの複素数の除法という関数を定義するためには、加法から順に定義を理解することになります。
p, q, r, s として具体的な実数を当てはめつつ、加法について説明をします。
複素数の加法について
(2+3i, 4+5i) という複素数の組に対して、加法という関数によって対応する値を説明します。
(2+4)+(3+5)i という値が、加法という関数によって出力される値になります。
2+4, 3+5 は、どちらも実数なので、出力された値は確かに複素数となっています。
それゆえに、
(2+3i, 4+5i)∈C×C に対して、加法という関数によって出力した対応する値は複素数となっています。
つまり、
(2+4)+(3+5)i ∈C です。
複素数全体における二項演算なので、値域が C に含まれていなければなりません。
そのことを強調する意味で、文字を使って、加法の定義を述べておきます。
【加法の定義】
実数 p, q, r, s に対して、
p+qi と r+si の加法を、
(p+r)+(q+s)i と定義する。
関数の対応を表す記号を用いると、次のようになります。
(p+qi, r+si)∈C×C に対し、
f((p+qi, r+si))
= (p+r)+(q+s)i ∈C と定義します。
f: C×C → C という関数です。
C×C が定義域で、C が値域となっています。
この関数 f を利用して、新しい関数 f* を定義します。
この f* が C における減法という新しい二項演算です。
減法を誘導する
(p+qi, r+si)∈C×C に対し、
f*((p+qi, r+si))
= f((p+qi, (-r)+(-s)i))∈C と定義します。
この f* という関数が減法です。
既に定義されている関数を利用して、新しい関数を定義するということを行いました。
高校の数学では見慣れない形になっていますが、加法を利用して減法を定義したということです。
関数の記号を丁寧に「+」という見慣れた記号を使って書き直すと、実は中学で学習した文字式の計算をしているだけです。
f の加法の定義から、
f*((p+qi, r+si))
= f((p+qi, (-r)+(-s)i))
= (p-r)+(q-s)i です。
p-r, q-s は実数だから、C の要素になっています。
これが、既に定義されている関数から、新しい関数を誘導(インデュース)するという大学の代数分野でよく使う内容になります。
この流れで、今度は乗法という関数を定義し、乗法から除法を誘導します。
この乗法から除法を誘導するときに、逆数が利用されます。
複素数の除法 :乗法で基礎作り
(p+qi, r+si)∈C×C に対し、
g((p+qi, r+si)) =
(pr-qs)+(ps+rq)i ∈C と定義します。
この関数 g が、C における乗法です。
g((p+qi, r+si)) のことを、
(p+qi)・(r+si) や
(p+qi)×(r+si) というように乗法の記号で表します。
文字式の計算のように乗法の記号を省略して表すこともします。
つまり、(p+qi)(r+si) という表記です。
乗法の定義は複雑ですが、幸いに i の二乗が -1 ということに注意して多項式の文字式計算をすると同じ形になります。
(p+qi)(r+si) を分配法則で括弧を外して整理するという計算で、定義を忘れても同じ計算結果になるので便利です。
この乗法に関して、逆数を考えたいのですが、その前に実数による複素数のスカラー倍を定義しておきます。
実数からのスカラー倍
実数全体を R と表すことにします。
今度は、R×C という直積集合から C への関数を考えます。
(r, p+qi)∈R×C に対し、
rp+rqi ∈C を対応させる関数を定義します。
rp と rq は実数についての乗法です。
この実数 r による p+qi という複素数のスカラー倍を表す記号について説明をします。
r(p+qi) でスカラー倍を表します。
実は、r+0i と p+qi についての複素数の乗法を計算した値と一致しています。
r(p+qi) = rp+rqi,
= (r+0i)(p+qi) となっています。
このスカラー倍までの定義を押さえておき、複素数の乗法についての逆数を考えます。
乗法と逆数
複素数 p+qi に対して、
(p+qi)(a+bi) = 1+0i = 1
を満たす複素数 a+bi が存在したとき、
a+bi を p+qi の逆数といいます。
p+qi に逆数が存在したとき、
(p+qi)-1 という記号で、その逆数を表します。
高校の数学では、-1 乗という指数を使わずに分数の形で表す方が多いかと思います。
つまり、
(p+qi)-1
= 1/(p+qi) という表記です。
この表記の良いところは、機械的に文字式の有理化を計算すると、複素数が分母にくる分数の形を解消できることです。
有理化すると、
■+▲i(■と▲は実数)という形になります。
ただし、存在すればという条件つきなので注意です。
0+0i = 0 には乗法についての逆数は存在しません。
しかし、幸い、
実数 p と q について、
p+qi は、p または q が 0 でないときには逆数が存在します。
p と q のうち、少なくとも 1 つが 0 でないときには、次の複素数が逆数となります。
1/(p2+q2) という実数を r と置くと、
(p+qi)-1 は、
r{p+(-q)i} となります。
実際に逆数となっていることを確かめてみます。
(p+qi)[r{p+(-q)i}] = 1 となることを示せば、逆数ということです。
確かに逆数となっています。
p または q が 0 でないという条件は、実部や虚部の分母が 0 でないということを保証するのに効いています。
これで、(p+qi)-1 の値も具体的に求めることができました。
ちなみに、理系の高校数学の内容では、複素数平面という単元で、ド・モアブルの定理について、複素数の偏角も考えて極形式の議論でも逆数を意識することになります。
ちなみに、中学一年のときに、負の実数について負の数の逆数も負の数ということを学習します。
例えば、p = -3, q = 0 のとき、
(-3+0i)-1 = -3/{(-3)2+02}
= -1/3 となります。
この例のように、実部にマイナスが残るためです。
複素数についての理論を理解すると、中学のときに覚えた内容を深く理解することができます。
では、この逆数を使って、複素数の除法を乗法から誘導します。
乗法からの除法
実数の除法について、割る数は 0 でないという条件がついていました。
複素数の除法についても割る複素数が 0 でないという条件のもとで考えます。
p+qi ≠ 0 つまり、p または q が 0 でないときに、この複素数で割ることができます。
a+bi(a, b は実数)について、
(a+bi)÷(p+qi) を、
(a+bi)(p+qi)-1 と定義します。
これは、
a+bi を p+qi で割るということを
a+bi と p+qi の逆数との乗法と定義しているということです。
p+qi ≠ 0 だと逆数が存在することを先ほど示したので、スムーズに除法が定義できるというわけです。
ちなみに、÷ という記号を使わないで分数で表す表記を高校の数学では使うことが多いと思います。
(a+bi)/(p+qi) という分母に複素数が書かれているものは、複素数の除法を表しています。
これは、
(a+bi)(p+qi)-1 と同じ内容です。
先ほど、(p+qi)-1 の値を画像の中に記述しましたが、忘れても有理化の計算をすると値を機械的に導けます。
今回の記事の内容は、数IIの複素数を学習し始めた頃に出てくる計算の練習問題の解き方というよりも、複素数平面につながる内容、強いては大学の代数学へとつながる理論部分の解説になっています。
ただ、文系の数学であったとしても、逆数とは何かということを問う問題が出題されることがあるので、-1乗と、もとの数の積が 1 となるということは押さえておくと良いかと思います。
また、複素数の相等という等しいという関係は、高校の数学から大学の数学へ向けて大切な土台となります。
この記事では、前半で典型的な高校数学の問題を扱いつつ、後半では大学の数学の内容について述べています。
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複素指数関数という記事を投稿しています。
複素三角関数については、
加法定理が実三角関数のときと同じように成立しています。
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inclusion(埋め込み) という記事で、この大学数学の基礎的な代数構造について解説をしています。
ただし、この記事の後半は、数学科で三年生のときに扱う可換体論の内容となっています。
それでは、これで今回のタロウ岩井の記事を終了します。
読んで頂き、ありがとうございました。