加法定理 | 複素三角関数で成立する根拠となる整級数の理論と証明
" 加法定理 “は複素三角関数において成立します。
このときの sin(z+w) や cos(z+w) に使われる複素数 z や w は任意の複素数なので、z と w が実数のときにも成立していることになります。
議論を支える厳密な理論は複素数の整級数についての理論です。根拠となる理論を伝えつつ、実用面でよく使われる内容に焦点を当てています。
この複素三角関数についての加法定理は、オイラーの公式によって複素数の指数関数と三角関数が結びついていることが効いています。
ただ、指数が複素数であったり、三角関数の変数が複素数ということを定義するのに、複素数についての整級数の理論が使われています。
この整級数の理論は難しいので、根拠となる定理を伝えつつ、難しい部分を省略して、加法定理を導く全体像を把握することを主眼としてブログ記事を書いています。
複素三角関数の加法定理を示すためには、まずネイピア数 e を底とする指数関数についての指数法則を証明します。
指数法則が成立することを示すと、オイラーの公式(等式)によって、指数関数と三角関数が結びつきます。
そして、加法定理が導かれます。
加法定理 :指数法則を準備
【指数法則】
任意の複素数 z と w に対して、
ezew = ez+w が成立する。
複素変数 z と w について、高校の数学で学習した実数のときの指数関数と同じく指数法則が成立します。
ただ、気になるところが、ez が整級数の収束値ということです。
指数法則が成立するかどうかの前に、無限級数どおしで積をとっています。無限級数と無限級数の積とは何か。
そして、積がどうして収束しているのかという根拠を押さえておくことで、自信をもって学習を進められるかと思います。
実は、複素数の整級数について、「二つの級数が絶対収束しているならば、積級数も絶対収束する」という定理があります。
ez も ew も絶対収束しているので、これら二つの級数の積級数の収束値を ezew の値と定義できます。
この整級数についての定理が、複素数の指数関数の積が定義できることを支えています。
※ 整級数の定理の証明は長く複雑な道のりになるので割愛して、加法定理を目指します!
積級数の定義には、シグマ計算が使われます。
環論で多項式の積の定義に慣れている方はスッと内容が把握できるかと思いますが、そうでない方にとっては、複雑に見えるかと思います。
もし、難しいと思われましたら、「積級数を定義して、先ほどの整級数についての定義で収束している」ということだけを知っておいて頂き、そこからの議論の流れに注目して頂ければと思います。
積級数の収束
ez と ew を定義している整級数から議論を始めます。
※ 収束半径が ∞ で、ともに絶対収束し、先ほどの定義が使えます。
n = 0, 1, 2, … について 二つの級数 ez と ew の係数から Sn というものを定義しておき、Sn たちを各項とする整級数をつくります。
整級数についての定理から、この積級数が収束するので、その収束値を ez ew の値と定義します。
これで、無限級数どおしの積が定義できたのですが、ez+w と同じ値になっていることを示す必要があります。
ここで、二項展開で使われる二項係数に注目をして、Sn を書き換えます。
各非負整数 n について、(z + w)n を二項展開したときに現れる各項の係数に注目します。
分子の値が、どれも n! となっています。
シグマ計算で走っているのは k なので、n! は二項展開のシグマ計算については定数扱いです。そのため、各項から一斉に n! をくくり出せます。
したがって、最後にの等式が得られます。
この式で、積級数の各 Sn を書き換えることができます。
ezew = Σ Sn
= Σ (z + w)n/n! = ez+w
これは、複素数 z + w についての指数関数の定義通りです。
各 n に対して、Sn を先ほど導いた等式を使って書き換えました。
これで、複素数の指数関数についての指数法則が得られました。
※ z と w は任意の複素数で成立するので、z と w の虚部が 0 である実数についても成立しているということになります。
では、ここから複素三角関数の加法定理の内容です。
まず、複素数 z と w が実数のときに、オイラーの公式を利用して加法定理を証明します。
加法定理 :実数についての証明
【オイラーの公式】
任意の複素数 x に対して、
ex = cos x + i sin x が成立する。
このオイラーの公式を支えているのも複素数の整級数についての理論です。
また、複素三角関数 cos x と sin x も整級数の収束値として定義されています。
その無限級数についての考察から、次の等式が得られます。
cos (-x) = cos x,
sin (-x) = -sin x
指数関数 オイラーの公式というリンク先のブログ記事で、指数関数の整級数の定義とオイラーの公式を証明するための根拠とした整級数の定理について述べています。
また、複素三角関数の整級数を使った定義についても説明しています。
ここまでの内容を使って、複素三角関数についての加法定理を導きます。
高校数学で学習した実数についての定理の拡張になります。
実数についての加法定理の証明
任意の実数 z と w について、z + w は一つの複素数なので、実数 z + w に対して、オイラーの公式から次を得ます。
ez+w = cos (z+ w) + i sin (z + w) … ★
左辺に指数法則を適用すると、
ez+w = ezew です。
ここで、実数 z と w について、オイラーの公式を適用すると、
ez+w = (cos z + i sin z)(cos w + i sin w)
(cos z + i sin z)(cos w + i sin w) は複素数の加法と乗法の混ざった式なので、分配法則で括弧を外してから、i が掛けられていない項と、掛けられていない項に整理できます。
すると、ez+w は、
(cos z cos w - sin z sin w)
+ i(sin z cos w + cos z sin w) と等しくなります。
★より、実部と虚部を比較すると、実数についての加法定理が得られます。
※ 複素数が等しいということの定義である実部どおし、虚部どおしが等しいということを使います。
【実部について】
cos (z+w) = cos z cos w-sin z sin w
【虚部について】
sin (z+w) = sin z cos w+cos z sin w
これで、z と w が実数のときに、加法定理が成立していることが示せました。
ただ、この証明は、z と w が虚数のときに実部と虚部を比較して等しいと結論づけられないので、この証明は適用できません。
しかし、実は z と w が任意の複素数のときでも、複素三角関数の加法定理が成立します。
この一般的な証明は、sin x や cos x を定義している無限級数についての考察から、
cos (-x) = cos x,
sin (-x) = -sin x となることを使います。
このことと、オイラーの公式から次の等式が任意の複素数 x について成立します。
加法定理 :複素数について成立
任意の複素数 x に対して、
eix = cos x + i sin x,
e-ix = cos x - i sin x
辺々足す、もしくは辺々引くことにより、
cos x = (eix + e-ix)/2,
sin x = (eix - e-ix)/2
※ この式から sin2z + cos2z = 1 も導けます。
この複素数 x のところに、
複素数 z や w や z + w を当てはめて議論を進めます。
オイラーの公式のおかげで、複素三角関数と指数関数が結びついています。
まず、cos についての加法定理を示します。x として z + w を当てはめた式に到達することを目指して計算をしています。
任意の複素数 z と w に対して、cos z と cos w をオイラーの公式で指数関数の形にしておいてから、上で述べた指数法則を使って計算をします。
プラスとマイナスで打ち消しが起きる項が出てきて、最後に分子と分母を 2 で約分すると辿り着きたかった式になります。
同じようにして sin の加法定理も示せます。
sin z cos w+cos z sin w =
(eiz-e-iz)/2i × (eiw+e-iw)/2i
-(eiz+e-iz)/2i × (eiw-e-iw)/2i
= (ei(z+w)-e-i(z+w))/2i
= sin(z+w) となります。
これで加法定理を示すことができました。指数関数の形にすると指数法則が使えるので、それをうまく利用できました。
この指数法則を使って、複素三角関数の周期性についての式を導けます。
三角関数の周期性
任意の整数 n に対して、
ez+2nπi = eze2nπi … (1)
指数法則を使った後の右辺にオイラーの公式を使うと、
eze2nπi = ez(cos 2nπ + i sin 2nπ)
= ez × 1 = ez … (2)
(1) と (2) より、ez+2nπi = ez
この示した式から、任意の整数 n に対して、
sin (z + 2nπ) = sin z と
cos (z + 2nπ) = cos z が導けます。
sin (z + 2nπ)
= {ei(z+2nπ)-e-i(z+2nπ)}/2i
= {eize2nπ-e-ize-2nπ}/2i
= {eiz×1-e-iz×1}/2i
= {eiz-e-iz}/2i = sin z
cos (z + 2nπ) = cos z についても同じ要領で示されます。
cos (z + 2nπ)
= {ei(z+2nπ)+e-i(z+2nπ)}/2
= {eiz×1+e-iz×1}/2
= {eiz+e-iz}/2 = cos z
複素数についての三角関数の値は議論の始めは無限級数の収束値でした。
そこから、オイラーの公式によって指数関数と結びつくと、周期性まで辿り着けました。
複素数乗して1になるとき
ここからは、e を複素数乗して 1 になるときを考えます。
複素数 z について、ez は無限級数を使って定義していました。
z = 0 のときには、
その無限級数の定義から e0 = 1 と分かるのですが、他に ez が 1 となる可能性を論理的にすべて求めます。
複素数 z = a + ib (a と b は実数)とすると、指数法則とオイラーの公式から、次のようになります。
ez = ea+ib = eaeib
= ea(cos b + i sin b) … (1)
ここで、ea ですが、a が実数なので、e の原点中心のテーラー展開に実数を代入したものです。
これは、高校のときの数学で学習した実数についての指数関数のとる値そのものです。
そのため、ea は高校数学で学習した実数 x についての ex に x = a を代入したものです。
実数のときには、不等号が使え、ea > 0 です。
b も実数なので、cos b + i sin b は、複素数平面上で原点中心の半径 1 の円周上の点に対応しています。
そのため、(1) の式は、z の極形式となっています。
つまり複素数 ez の極形式は、
ea(cos b + i sin b) で、複素数平面上で原点中心の半径 ea の円周上の点ということになります。
偏角は b という実数です。
では、複素数 z = a + ib (a と b は実数) に対して、ez = 1 となるときの必要条件を求めます。
ez = 1 = cos 0 + i sin 0 ということは、原点中心の半径 1 の円周上の点に対応することから、半径について、ea = 1
実数についての指数関数の性質から、a = 0 となります。
よって、
ez = cos b + i sin b = 1
= cos 0 + i cos 0
ここで、高校の数学の注意点です。
複素数平面上で、cos 0 + i sin 0 と一致するときに、横軸である実軸とのなす角である偏角には、2π の整数倍のズレがあっても同じ値になりました。
そのため、偏角 b について、
b = 2πn (n は整数)
これで、z = a + bi (a, b は実数) に対して、
ez = 1 となる必要条件が、
「 z = 2πni (n は整数) 」と求まりました。
※ 実部について、a = 0 なので、z は純虚数となっています。
次に十分性の確認ですが、これはオイラーの公式からすぐに分かります。
z = 2πni (n は整数) に対して、
ez = ei2πn
= cos 2πn + i sin 2πn
= 1 + i × 0 = 1
これで十分条件になっていることも確認きましたので、次の必要十分条件の形でまとめておきます。
【命題 1】
複素数 z に対して、
ez = 1 は、z = 2nπi (n は整数) と同値。
この【命題 1】をもう少し書き換えておきます。
【命題1’】
複素数 z と w に対して、
ez = ew は、z = w + 2nπi (n は整数) と同値。
この書き換えは、指数法則から、
ez = ew を ez-w = 1 と書き換えることができるからです。
【命題 1】から、z - w = 2nπi (n は整数)と書き換えられます。
w を移項すると、【命題 1’】の形になります。【命題 1】もしくは書き換えた【命題 1’】は、複素数についての対数関数を定義するときに使えます。
このブログで述べた指数関数の周期性が関わる内容として、ネイピア数以外の複素数の複素数乗についての定義があります。
主値-多価関数というブログで、複素対数関数について解説をしています。
また、オイラーの公式や複素指数関数の指数法則は、代数構造とも結びつきます。
トーラス(円環)という記事で、二項演算の観点から、複素数に関連した代数構造について解説をしています。
それでは、これで今回のタロウ岩井の記事を終了します。
読んで頂き、ありがとうございました。